第34話 告白と口づけ
「お二人とも、お互いの瞳の色を身につけていらしたのね……!」
「まるで物語のようですわ!」
きゃあ、と上がる歓声の中で、フリッツ様は穏やかに微笑んだ。
「婚約者の色を身につけるのは、おかしなことではないだろう?」
(おかしくはない! おかしくはないけど、そんなに当たり前かのように言われると、心臓がどきどきして持たないよ……!)
客人たちが帰り、夕暮れの庭には私とフリッツ様だけが残された。
兄様とお義姉様は、いつの間にか屋敷へ引き上げている。
(……絶対わざと)
「少し、歩かないか」
薔薇のアーチをくぐって、屋敷の窓からも見えない、庭の一番奥にある小さな噴水のそばへ移動する。
(兄様とお義姉様に絶対に見つからないようにしないと……!)
「……いつからですか。……そのカフスボタン」
「君が、青灰色のイヤリングをつけてきた日の翌週から」
「そんな前から……!」
「『春らしい色』だなんて言っていたけれど。扇子の房も、手袋のボタンも、イヤリングも、全部同じ色だったら、さすがに気づくよ」
(最初から全部バレてた……!)
「だから、私も返したかった。……いや」
フリッツ様が、まっすぐに私を見た。いつもの穏やかな感じとは違う、真剣な目。
「返したかった、だけじゃない」
心臓が、うるさい。
「ロッティ。君はコルンフェルト侯爵家の娘として、後ろ盾のない私を支えるために、婚約者になってくれた。帳簿を手伝って、身なりを整えて、演奏会を開いて――今日だってそうだ。ずっと、私を支えてくれている」
「フリッツ様、それは……」
「君にとって、これが婚約者としての務めなら、それでも構わないと思おうとした。君が隣にいてくれるなら、理由は何でもいいと」
フリッツ様の声が、少しだけ震えた。
「でも、構わなくなどなかった。君が他の男と話すたびに、気が狂いそうだ。君の心が、私以外に向くのが、怖くてたまらない」
手を取られる。
その手も震えていた。
「ロッティ。私は君が好きだ。婚約者としてじゃない。……シャルロッテという一人の女性を、心から想っている」
「だから、教えてほしい。君が隣にいてくれるのは、婚約者としての務めだからなのか。それとも――」
(……婚約者としての務めなんかじゃない)
ぽろりと、涙がこぼれた。
(ずっと同じことを考えてた。フリッツ様は、婚約者だから優しいだけなんじゃないかって)
(私たち、同じところで、同じように憶病になって、立ち止まってたんだね……)
「婚約者としての務めなんかじゃ、ありません」
「……ロッティ」
「最初は、応援したかっただけなんです。フリッツ様の良さを、みんなに知ってほしくて、気づいてほしくて。でもいつの間にか、それだけじゃ足りなくなって……年越しの夜に、気づいたんです」
涙で、フリッツ様の顔がにじむ。
「フリッツ様のことが、好きです。……ずっと、ずっと好きでした」
フリッツ様の顔が、くしゃりと崩れた。泣きそうで、でも今まで見たどの笑顔より無防備な顔。
「……君も、同じことを」
「はい……」
「私たちは、二人とも臆病だったんだな」
フリッツ様が、指で私の涙を拭う。そして額がこつんと触れ合った。
「……口づけても、いいだろうか」
私は少しだけ微笑んで、小さく頷いて目を閉じた。
――唇に、柔らかなそれが触れる。
年越しの頬への口づけとは違う。
ゆっくりと確かめるように、フリッツ様と唇を重ねると、それは温かくて、少しだけ震えていた。
抱きしめられているフリッツ様から、インクと蜜蝋の甘い香りがした。
「……夢じゃ、ないな」
「……はい」
そのまま、強く抱きしめられた。
少し苦しいくらいに。
「もう、離さない。君が好きだと言ってくれた。……もう、どこにも行かせない。誰にも渡さない」
(推し活の果てに……推しと、両想いになっちゃった……)
でも腕の中にいるのは、ただの推しじゃない。
ずっと孤独で、人に愛されることに憶病で、それでも優しさを失わなかった、私のとても大切で、大好きな人。
「……どこにも、行きません」
屋敷へ戻る道でも、フリッツ様は一度も私の手を離さなかった。
♦
――三日後。王宮から、一通の召集状が届いた。
書状を読んだお父様が、ゆっくりと顎を撫でる。
「陛下が、重大な発表をなさるそうだ……王太子の件、だろうな」
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