第33話 ファンミーティングの開催
六月の終わりに、コルンフェルト家の庭園で「未来を語る会」が開かれた。
(推し活用語で言うなら、ファンミーティング……! 推しとファンが直接言葉を交わせる貴重な機会!)
白い天幕の下に、いくつもの丸テーブルが並べられている。
薔薇が咲き誇る庭に、二十名ほどの客人が集まっていた。音楽会に来てくれた夫人や令嬢たち。財務局の書記官とその奥様方。そして、アルブレヒトの友人である若い貴族の子息たち。国内派閥の保守派と中立派の家の方がほとんどだ。
皆の胸元や扇子には、銀のバイオリンや、青灰色のリボンが揺れている。
(グッズ装着率が高い……! ファンミの客層として完璧……!)
けれど、今日のシャルロッテの胸を占めているのは、それだけではなかった。
『当日は、私の手元から目を離さないでいてくれないか』
(手元……。何が、わかるんだろう)
「では殿下、よろしくお願いいたします」
お義姉様に促されて、フリッツ様が天幕の中央に立った。視線が集まった瞬間、肩がわずかに強張る。ちらりと、青灰色の瞳がこちらを探した。
私が小さく頷くと、ふっと表情がほどける。
「今日は、お集まりいただきありがとうございます。……私は長い間、直轄領の帳簿を確かめる仕事をしてきました。数字を足して、引いて、合っているか確かめる。地味な仕事です」
客人たちから、くすりと親しみのこもった笑いが漏れる。
「ですが、数字を見ていると、この国の姿が見えてきます。……私が、この国のために大切だと思うものは、三つあります。水と、麦と、道です」
(水と、麦と、道……?)
「まず、水。東部のある村では、毎年夏になると腹を下す病が流行り、子どもや年寄りが何人も亡くなります。病が多いのは、決まって雨の少ない年でした。井戸の水位が下がると、汚れた水が染み込むのかもしれない。――飲む水と汚れた水の通り道を分ければ、あの病は減るのではないかと考えています」
しん、と庭が静まった。
「次に、麦。コルンフェルト侯爵の領地のように、豊かな大地を持つ土地ばかりではありません。けれど痩せた土地でも、土に合った作物と育て方を知れば、収穫は増やせるはずです」
お父様の名前が出て、兄様の友人たちが小さく頷き合う。
「そして、道。作った麦や品物を、必要な場所へ運ぶための道です。帳簿を見ていると、山あいの村では、同じ麦が王都の倍近い値で売られていることがある。運ぶのに、それだけ手間がかかるからです」
「――殿下。一つ、伺ってもよろしいでしょうか」
手を挙げたのは、兄様の友人の、保守派の若い子息だった。
「近頃、改革派の方々は、鉄で国を強くすべきだと仰っています。剣を打ち、隣国にも売れば国は富む、と。殿下は、どうお考えですか」
(き、きわどい質問……! ここで改革派を悪く言ったら、一気に敵を作る……!)
フリッツ様は、少しだけ考えるように目を伏せてから、静かに顔を上げた。
「鉄が、この国を支える大切な産物であることは、間違いありません。鉄を掘り、打つ人々の暮らしも、守られるべきだと思います」
穏やかな声。けれど、その先に、はっきりとした芯があった。
「ただ――剣は、使われなければ売れない品です。剣で国を富ませようとすれば、いつか国は、戦を望むようになる。隣国の戦で潤う国は、いずれ自分たちの戦で、もっと多くを失うと、私は思います」
庭が、ひやりと静まり返った。
「だから私は、鉄を退けたいのではありません。鉄の使い道を、増やしたいのです。畑を耕す鋤に。水を汲む水車に。人の暮らしを支える道具に」
(……改革派を責めてない。でも、ちゃんと危うさを言葉にした)
(しかも、鉄を責めずに、暮らしに活かす使い道まで示して……!)
中立派の家の夫人が、扇子を閉じて、深く頷いているのが見えた。
「何年か後、あの村で子どもが一人でも多く笑っていてくれたら。山あいの村で、麦の値を気にせずに暮らせる日が来たら。――私は、そういう国を作る手伝いがしたいのです」
沈黙のあと、書記官様の奥方が、そっと手を挙げた。
「……殿下。私の故郷も、夏になると同じ病が流行ります。弟を、それで亡くしました。……あれは、防げるものかもしれないのですね」
「ええ。防げるかもしれない。だから、確かめたいのです」
そこから、質問が次々と飛んだ。井戸の費用は。他の村でもできるのか。王都の下町は。鉄の使い道を増やすとは、どういうことか。フリッツ様は帳簿の数字をすらすらと挙げながら、一つずつ丁寧に答えていく。
(すごい……完全に、国の未来を語る王族の顔……)
(好きな人が、自分の言葉で、自分の夢を語ってる。それが、ちゃんと届いてる……)
「殿下、さっきから、あなたの方ばかりご覧になっているわね」
「お、お義姉様……!」
――そして、最後の質問に答え終えたフリッツ様が、紅茶のカップに手を伸ばした時。
(……手元)
言われた通りに、私はその手を見ていた。
袖口のカフスボタン。陽の光を受けて、小さな石がきらりと光る。
緑とも茶色ともつかない、秋の森のような色。
(……え?)
毎朝、鏡の中で見ている色。
――私の、瞳の色だった。
顔を上げると、フリッツ様が、こちらを見ていた。
目が合った瞬間、悪戯が見つかった子どもみたいに、ほんの少しだけ笑う。
「あら……? 殿下の袖口の石、シャルロッテ様の瞳と同じお色ではなくて?」
すぐ近くの令嬢の声に、周りが一斉にざわめいた。
(い、いつから……!? っていうか、それ、わざと……!?)
会が終わったら、話したいことがある
――あの言葉が、急に別の意味を帯びて、胸の中で鳴り響いた。
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