第31話 推しグッズをつくります!
(推しグッズの基本! 「日常で使える」「さりげなく身につけられる」「見る人が見ればわかる」!)
机の上には、小さなバイオリンの図案がずらり。銀細工のブローチと、青灰色の絹に銀糸で五線譜を刺繍したリボン。
(音楽会が終わってから「あの夜が忘れられない」って沢山の人に声をかけられる。……推しとしては、あの感動を、形に残して皆と共有したい!)
(それに――ちょっとだけ、気を紛らわせたいのも本当)
あの夜から、フリッツ様とは二度会っている。しかし、いつも誰かがそばにいて、二人きりになれる機会がない。フリッツ様も、テラスでのことには何も触れない。
(やっぱり、あれはただの優しさだったのかな……)
(――だめだめ、まずは計算! 銀細工師への依頼料、材料費、一個あたりの原価……前世の事務スキルが、推しグッズ作成で火を噴く日が来るとは!)
「シャルロッテ」
(ひっ)
振り返ると、扇の先で顎を叩くお母様。
「今度は、何を始めたの」
「お、音楽会に来てくださった方への記念品を……。殿下の素晴らしさを、もっと多くの方に知っていただきたくて。帳簿の誤りを静かに正されるところとか、人の気持ちに敏感でよく気づかれるところとか、バイオリンの音色が本当に優しいところとか――」
(しまった、オタク特有の早口が出た!)
「……つまり。その方の良いところを、たくさんの人に知ってほしい、と」
「……はい」
「…………それなら、あの人だって」
「え?」
「あの人だって、良いところはたくさんあるわ。朴訥に見えて誰より先を読んでいるし、領民を本当に大切にしているし、口には出さないけれど、子どもたちのことだって誰よりも――」
お母様が、はっと口をつぐんだ。耳が赤い。
(お母様が……お父様の良いところを早口で……!?)
「お母様、今、楽しかったのではありませんか? 好きな方の良いところを言葉にすると、胸が温かくなるでしょう?」
「……馬鹿なことを言わないで」
ぷいっと顔を背けたお母様の扇が、いつもよりゆっくり動いていた。
「お小遣いの範囲でやりなさい。……良い品ができたら、わたくしにも一つ見せなさい」
「はい!」
リボンの刺繍は、針子たちと一緒に私も針を持ち、三週間かけてつくりあげた。
(五十本は、思ったより多かったよ)
「ロッティ。……その指は」
執務室で見本を広げた途端、フリッツ様が私の左手をとった。
指先には、針の痕がいくつも残っている。
「リボンの刺繍を少ししておりまして…… 大したことは――」
「見せて」
一つ一つの痕を、じっと見つめられる。
「……君は、いつもそうだ。私のことは最優先にするのに、自分のことはいつも後回しにする」
言い返す前に、指先に唇が落ちた。
人差し指に一つ。
中指にもう一つ。
(…………っ!?)
「……早く良くなるように」
指先に唇を寄せたまま、青灰色の瞳が私を見上げる。
(こんなの……優しさだけで、する……?)
「無理はしないでくれ、君が傷つくのは嫌なんだ」
それから、フリッツ様は少しだけ迷うように視線を揺らした。
「ロッティ。……近いうちに、二人だけで、話したいことがある」
「話したいことですか……?」
「ああ。今は、まだ――」
「失礼いたします、殿下。財務局の件で」
扉から顔を出した書記官に、フリッツ様は小さく息をついた。
「……また、改めて」
♦︎
その夜、書斎の前を通りかかると、扉の隙間から声が聞こえた。
「……あなた、今日の陳情の件、とても見事な裁き方でしたわね」
「む? グレーテ、急にどうしたんだ」
「べ、別に。ただ、そう思っただけです」
(お母様……推し活、始めちゃってる……!)
でも、寝台に入って思い出すのは、指先に触れた唇の感触ばかりだった。
(それにしても、話したいことって、何……?)
★評価・ブックマーク・リアクションを頂けると、とても嬉しいです!
更新頑張ります!




