第27話 その言い方は反則です!
(推し色、それは推しを象徴する色。そして、フリッツ様を表現する推し色は――あの瞳の、青みがかった灰色!)
扇子の房を、青灰色の絹糸で作り直した。
手袋のボタンをも青灰色の真珠母貝に。
そして耳には、青灰色の小さな石のイヤリング。
(ボルドーに青灰色。フリッツ様が選んでくれた色に、フリッツ様の色を重ねる……!)
(……推し活のため、なんて、もう言い訳だってわかってるけど)
四月の初め。オイレンブルク家のお茶会で、席に着いた途端、ヴィクトリア様の紫の瞳がすっと細められた。
「シャルロッテ。その色、第二王子殿下の瞳の色でしょう」
(一瞬でバレた……!)
「な、何のことでしょう……」
「婚約者の瞳の色を身につけるのは、社交界では昔からある愛情の示し方よ。あなたにしては、大胆ね」
「あ、愛情……!?」
(こっちの世界だと、そういう意味になるの!?)
「悪いことではないわ。……むしろ、そうしておいた方がいいかもしれない」
「え?」
「近頃、殿下に近づく令嬢が増えているのよ。『まだ正式な結婚ではないのだから』と考える方も、いないとは限らないわ」
(……フリッツ様に、近づく令嬢)
その週末、王宮の茶会。
庭園の東屋で、フリッツ様が見知らぬ令嬢と話していた。巻いた金髪の、華やかな人。楽しそうに笑って、フリッツ様の袖に、そっと指先が触れている。
(……っ)
(前世なら「推しの良さに気づいてくれてありがとう!」って言えた。でも今は――嫌だ。その指を離して……)
「――シャルロッテ」
気づけば、フリッツ様がこちらへ歩いてきていた。
人前だから、呼び方は「シャルロッテ」だ。
「来ていたのか。声をかけてくれればよかったのに」
「……お話し中でしたので」
声が、少し硬くなった。フリッツ様は首を傾げて、それから――私の耳元で、ぴたりと止まった。
「……その色」
「は、春らしい色かと思いまして」
(春らしいって何!? 青灰色、冬の色! 言い訳が下手すぎるよ!私……!)
フリッツ様の目元が、ふっと緩んだ。さっきの令嬢に向けていた微笑みとは、まるで違う。長い冬の後に、陽だまりを見つけたみたいな顔。
(これだ。兄様が言ってた、"私の前でだけ"の笑顔……)
フリッツ様が少しだけ身を屈めて、耳元で囁いた。
「君によく似合っている。……私の色が」
(私の色がって……! その言い方は反則です……!)
胸の痛みが、嘘みたいに溶けていった。
♦
茶会の終わり、東屋の長椅子で、二人で少しだけ休んだ。
フリッツ様は、ぼんやりと庭を眺めながら、小さく何かを口ずさんでいた。聞いたことのない、優しくて少し寂しい旋律。膝の上で、左手の指が、何かを押さえるように細かく動いている。
「……フリッツ様、その曲は?」
はっとしたように、指が止まった。
「昔、母が好きだった曲らしい。……無意識に出ていたかな」
「とても綺麗な曲ですね」
「……そうか」
それ以上は、何も言わなかった。
(左手の指の、あの硬さ。母君の遺品のケース。それから、この旋律……)
(もしかして、フリッツ様って――)
答えが出たのは、翌週だった。
いつもより早く北棟に着いて、執務室の扉を叩こうとした手が、止まる。
扉の向こうから、弦の音が聞こえてきた。
――東屋でフリッツ様が口ずさんでいた、あの旋律だった。
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