第26話 推し。がプロデュース
「君は、いつも落ち着いた色の服を着ているね」
三月の初め。帳簿を閉じたフリッツ様が、ふいにそう言った。
「はい。第二王子殿下の婚約者として、控えめにしているのがいいと、父から」
「……君が、私の装いを整えてくれた時、正直戸惑った。でも、今は感謝している。だから――今度は、私の番だ」
(私の、番?)
フリッツ様が引き出しから取り出したのは、一枚の布見本だった。深い、葡萄酒のような色。
「アルブレヒトに言われたんだ。好きな色を聞くより、似合う色を贈る方が君は喜ぶ、と」
(兄様……! 余計な――いえ、ナイスアシストです……!)
「仕立て屋の主人に聞いたら、君の瞳――緑と茶の混ざったあの色には、秋の実りのような温かい色が映えるそうだ」
布見本が、私の頬のすぐ横にかざされる。
(ち、近い……!)
「……やはり。よく似合う」
低くなった声に、心臓が跳ねた。
「――動かないで」
伸びてきた指が、耳元の髪をすくって後ろへかける。
そのまま、指先が耳の縁を、ゆっくりとなぞった。
「……っ」
「すまない。……つい」
はっとしたように手を引くフリッツ様の耳は、真っ赤だった。
(今の、左手……指先、また硬かった。細い筋が入ったみたいに)
(ペンを持つのは右手なのに。何でだろう)
「それと、髪型も。少し柔らかくしてみてはどうだろう。君は――隠しすぎている気がするんだ」
(それ……私が、殿下の前髪を見て思ったのと、同じ言葉だ)
♦
二週間後。お義姉様のお茶会に、私は深いボルドーのドレスで出た。髪は柔らかく編み込んで、後れ毛を少しだけ残して。
「まあ……シャルロッテ様?」
「見違えましたわ! そのお色、とてもお似合い」
「ふふ。殿下のお見立てかしら?」
(お義姉様もお義姉様のお友達も、全部お見通しすぎる……!)
屋敷に戻ると、お母様が私を上から下まで眺めて、扇の先で顎を叩いた。
「……悪くないわね」
(お母様の「悪くない」、最上級の褒め言葉……!)
♦
翌週。そのドレスで北棟の扉を開けた瞬間、フリッツ様がペンを持ったまま固まった。
「……ロッティ」
ゆっくり立ち上がって、目の前まで来て――じっと、黙って見下ろしてくる。
「あ、あの……似合っていませんか?」
「違う。……想像していたより、ずっと綺麗で。言葉が出てこなかった」
後れ毛に、そっと指が絡められる。
「この髪も、私のために?」
「は、はい……。フリッツ様が、勧めてくださったので」
その瞬間、フリッツ様の顔がふわりとほころんだ。今まで見たどの笑顔より、嬉しそうな顔。
(……好き)
(尊いとか、供給とか、そういう言葉じゃもう足りない。この人に、私を見てほしい。婚約者としてじゃなく、ただの私として)
(でも……これはきっと、私が整えたことへの"お返し"。優しい人だから、恩はきちんと返す人だから)
離れていく指が、名残惜しかった。
(――お返しをもらうばかりじゃ、ずるいよね)
(だったら、私も。あなたの色を、纏ってみせます)
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