第14話 父の書斎にて
「座りなさい、ロッティ」
暖炉の火が爆ぜる書斎で、お父様はしばらく黙って、ゆっくりと顎を撫でていた。
(出た、お父様の顎撫で……。何か考えてる時のやつだ)
「今日、宰相閣下と少し話をしてな。お前にも伝えておいた方が良いと判断した。閣下は、まだマクシミリアン殿下の立太子について、正式な支持を表明しておられん」
「宰相閣下は、マクシミリアン殿下の叔父君でいらっしゃいますのに」
「だからこそ……だろうな。閣下は、あのような場で婚約破棄の仕打ちを受けた娘御の父だ。心中穏やかなはずがない。とはいえ、陛下の治世を乱すような方でもない。撤回もせず、表明もせず――今は、黙っておられる」
(宰相閣下、めちゃくちゃ板挟み……)
(ゲームでは名前すら出てこなかった人。エンディングの裏側で、大人たちがこんなに悩んでたんだ)
「それでな、ロッティ。お前、近頃、殿下の執務室に通っておるそうだな」
(お父様にまでバレてる……!)
「は、はい。帳簿の整理などを、少し」
「うむ。アルブレヒトから聞いておる。……殿下に目立ちすぎぬよう申し上げてきたのは、わしだ。お前にも、控えめにしていなさいと言い聞かせてきた」
「……はい」
「だが」
顎を撫でていた手が、止まった。
「宰相閣下が黙っておられる今、風向きは少しずつ変わり始めている。殿下が変わり始めておられるのは、悪いことではない。……ただし、焦るでないぞ。目立つなら、足元を固めてからだ」
(……許して、くれた)
(控えめにしていろ、と言い続けてきたお父様が、初めて)
「はい。肝に銘じます」
私の返事に、父は満足そうに頷いていた。
その後、父と雑談を交わしていると扉が控えめに叩かれたと思ったら、厚手のショールを持ったお母様が入ってきた。
「あなた、もう遅い時間ですよ。シャルロッテ、あなたも。夜更かしは肌に悪いと何度言えば。それにその座り方、背もたれに寄りかかりすぎですよ」
「も、申し訳ございません」
慌てて背筋を伸ばす私を横目に、お母様は何も言わずにお父様の肩へショールを掛ける。
「書斎は冷えるのですから。お風邪を召されても、看病して差し上げませんからね」
「……うむ。ありがとう、グレーテ」
お父様の目元が少しだけ和らぎ、お母様はふんと鼻を鳴らしてつんと視線を逸らした。
(出た……口では厳しいけど行動が全部優しいやつ……! お母様、絶対お父様のこと大好きだよね。家族全員知ってるのに、本人だけ隠せてるつもりなの……!)
「何のお話をなさっていたの」
「なに、殿下のことをな」
指の先で顎を叩いたお母様が、ふと言った。
「……そういえば、殿下のお誕生日も、もうすぐでしたわね」
「そうだ、十一月の八日だ」
お父様が、少しだけ声を落とした。
「毎年のことだが、宮廷では特に何もない。陛下から形ばかりのお言葉があるだけでな。……マクシミリアン殿下のお誕生日には、あれほど盛大な宴が開かれるというのに」
(……え?)
(何もない。王子なのに。誕生日なのに)
九月の私の誕生日には、家族の晩餐へわざわざ足を運んでくれた殿下。
瞳の色の石がついた栞もくれた。
(あの人は、私の誕生日にあんなに心を尽くしてくれたのに)
(推しの生誕祭が、誰にも祝われないなんて――そんなの、推し活勢として、絶対に許せない……!)
十一月八日まで、あと三週間。
(絶対に喜んでもらいます!……前世で誕生祭の時に毎年やってた、あれの出番だね!)
頭の中は、猛烈な勢いでフリードリヒを喜ばせる計画が動き始めていた。
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