第12話 ヴィクトリアからの警告
「来てくださって嬉しいわ、シャルロッテ」
「お招きいただき、ありがとうございます、ヴィクトリア様」
オイレンブルク家の応接間で、私はあの夜会以来、初めてヴィクトリア様と再会することができた。
窓辺から降りそそぐ、秋の日差しに艶やかな黒髪がきらきらと輝いている。
背筋はいつものようにまっすぐ。けれど紅茶を傾ける口もとだけは、ほんの少しゆるんでいる。
(よかった……。ちゃんと、ヴィクトリア様のままだ)
春の園遊会のこと、流行りの袖の形、マダム・ブラントが相変わらず厳しいこと。他愛ない話が続いて、二杯目の紅茶が注がれた頃。
「そういえば、耳に入っていて? アイゼンベルク公爵閣下のこと」
「改革派の、あの公爵閣下ですか」
「ええ。最近、ご自分のお嬢様をマクシミリアン殿下のお相手に、としきりに推していらっしゃるそうよ。『男爵家の令嬢では、王太子妃としては心許ない』と言って回っているとか」
「マリー様がいらっしゃるのに……」
「だからこそ、でしょうね」
ヴィクトリア様は、天気の話でもするように淡々と続けた。
「私との婚約があった頃は、あの方も何もおっしゃらなかったのにね。空いた椅子があれば、誰かが座ろうとするものよ」
(空いた椅子……。それ、ヴィクトリア様が座ってた椅子じゃないですか……。本人の口から聞くと重みが違う……)
(ゲームでは、こんな話一切出てこなかった。でも現実の貴族社会で王太子妃の座が空いたら、黙って見てる人なんていないよね……)
「……ヴィクトリア様は、お辛くはないのですか」
思わず聞いてしまった。ヴィクトリア様は少し目を細めて、扇子をぱちんと閉じた。
「辛くないと言えば嘘になるわ。でも、私がいつまでも殿下を恨んでいたら、父の立場が悪くなるもの。父は宰相として、国のために殿下を支えなければならない人よ。その足を引っ張るわけにはいかないでしょう」
「……はい」
「それに、殿下をお責めしても何も変わらない。私は私の務めを果たすだけ。――もっとも」
口元に、かすかな笑み。
「殿下のお味方をする義理も、もうありませんけれどね」
(かっこいい……! 責めない。でも支えもしない。一線を引いて、背筋を伸ばして立ってる)
(前世の私だったら、絶対SNSで愚痴りまくってた……)
「それより、シャルロッテ。あなた、最近北棟に出入りしているそうね」
紅茶を零しそうになった。
「ど、どうしてそれを」
「王宮の侍女は口が軽いのよ。第二王子殿下の婚約者が、週に一度は執務室に通っている――もう、ちょっとした噂になっているわ」
(バレてる……! しかも噂に……!)
「殿下のお仕事を、少しお手伝いしているだけなのです。帳簿の整理ですとか」
「帳簿?」
意外そうに片眉を上げてから、ヴィクトリア様はじっと私の顔を見つめた。
「……あなた、変わったわね。昔のあなたなら、殿下のお部屋に自分から通うなんて考えもしなかったでしょう。いつも一歩下がって、目立たないようにしていたもの」
(図星すぎる……)
「悪いと言っているのではないのよ」
ヴィクトリア様が、カップをソーサーに戻した。その声が、少しだけ低くなる。
「ただ、気をつけなさい。第二王子殿下が目立ち始めれば、あなたも見られるようになる。――見ているのは、味方ばかりではないわ」
秋の陽射しは柔らかいままなのに、その言葉だけが応接間にひやりと冷たく響いた。
(推しが輝けば輝くほど、注目も集まる。前世でもそうだった。人気が出れば、アンチも増える)
(……それでも私は、殿下を陽の当たる場所に連れていきたい)
帰りの馬車の中で、ヴィクトリア様の言葉を何度も反芻する。
――見ているのは、味方ばかりではないわ。
(味方じゃない誰か。それは、どんな人なんだろう)
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