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第3話 薪割りをしただけなのに

 それから、何日かが過ぎた。

 正確に何日なのかは分からない。

 目を覚ましては食事をもらい、眠くなれば寝る。

 最初の二日ほどは、ベッドから起き上がろうとするだけで止められた。

「まだお休みになっていてください」

「いや、もう平気だって」

「昨日もそうおっしゃって、立ち上がった途端にふらついたではありませんか」

「あれはずっと寝てたからで――」

「ですから、今日もお休みください」

 丁寧なのに強い。

 しかも俺が何かしようとするたびに飛んでくる。

 水を取りに行こうとすれば、

「私がお持ちします」

 食器を片付けようとすれば、

「置いておいてください」

 外の空気でも吸おうかと扉へ向かえば、

「どちらへ!?」

 と、本気で驚かれた。

 別に逃げようとしたわけじゃない。

 玄関から三歩くらい出てみようと思っただけだ。

 それでも彼女は俺の額に手を当て、顔色を確認し、結局その日は外へ出してくれなかった。

 俺を森で見つけたときのことが、よほど怖かったらしい。

 何度も言われた。

 あんな場所で男が一人で倒れているなんて、普通ではあり得ない。

 発見が遅ければ、魔素酔いで死んでいたかもしれない、と。

 だから強くも言えなかった。

 実際、助けてもらったのは俺だ。

 食事も寝床も用意してもらっている。

 文句を言える立場じゃない。

 ただ。

「……暇だ」

 これだけはどうしようもなかった。


     ◆


 さらに数日経つと、身体の重さもほとんどなくなった。

 朝食を食べ終え、今日こそはと外へ出る。

 家の周りくらいなら、とようやく許可が出たのだ。

「おお……」

 初めてまともに見る外の景色だった。

 森の中に建つ、小さな木造の家。

 周囲には背の高い木々。

 少し離れたところには小さな畑らしきものもある。

 空気を吸い込む。

 あの《魔素》とかいうものが混じっているらしいが、俺には普通の森の空気との違いが分からない。

 少なくとも気分は悪くならなかった。

「本当に大丈夫ですか?」

 背後から声が飛んでくる。

「大丈夫」

「少しでも気分が悪くなったら、すぐにおっしゃってくださいね」

「分かったって」

「目眩がした場合もです」

「はいはい」

「……本当に分かっています?」

「分かってます」

 たぶん俺が信用されていない。

 そんなことを思いながら庭先を歩いていると、家の脇に積まれた丸太が目に入った。

 その横には切り株。

 斧が一本、立てかけてある。

「薪割り?」

「はい。午後にやろうと思っていました」

「じゃあ俺やるよ」

「え?」

 ものすごく意外そうな顔をされた。

「世話になりっぱなしだし。これくらいやらせて」

「い、いえ。そんな!」

「もう身体も動くって」

「そういう問題ではありません」

 またそれだ。

「薪割りくらいできるよ」

「できません」

「なんで断言するんだよ」

「だって……」

 彼女は斧と俺を交互に見る。

「それは薪割り用の斧ですよ?」

「見れば分かる」

「重いんです」

「斧なんだから、そりゃ重いだろ」

「そうではなくて……」

 なぜか説明に困っている。

「薪割りは、身体強化を使って行うものなんです」

「身体強化?」

「魔力を身体へ巡らせて、筋力を補助するんです。そうしなければ危険です」

「……薪割りに魔法使うの?」

「当然です」

 当然らしい。

 俺の中の魔法と、この世界の魔法にはだいぶ差がありそうだ。

「でも、それくらいなら」

「駄目です」

「まだ何もしてないだろ」

「リオさんは魔力を使えないのでしょう?」

「たぶん」

 少なくとも使い方なんて知らない。

「でしたら、なおさらです。腰を痛めてしまいます」

「そこまで?」

「男性が身体強化も使わずに扱うようなものではありません」

 また男。

 ここ数日で何度この言葉を聞いただろう。

「ちょっと持つだけ」

「駄目です」

「持つだけだから」

「駄目ですってば」

 俺は斧の柄を握った。

「あっ!」

 持ち上げる。

「…………」

 確かに重い。

 ホームセンターにあるような小さな手斧じゃない。

 柄も長く、刃も大きい。

 でも。

「……普通じゃん」

「え?」

 片手で持ってみる。

 少し重い。

 両手なら問題ない。

 握り直して、軽く上下させる。

「ちょ、ちょっと待ってください」

「何?」

「重く……ないんですか?」

「重いけど?」

「そうではなくて!」

 また慌て始めた。

「置いてください! 危ないですから!」

「いや、これくらいなら使えるって」

「身体強化もなしに!?」

「身体強化っていうのがよく分からないけど、今何もしてないよ」

「…………」

 彼女の動きが止まった。

「本当に?」

「うん」

「魔力を使っていないんですか?」

「使い方知らないし」

 斧を見る。

 薪を見る。

「これ割ればいいんだろ?」

「待ってください!」

 止められるより先に、丸太を切り株の上へ立てた。

 斧を両手で持つ。

 振り上げる。

「危な――」

 振り下ろした。

 ゴンッ!

「おっ」

 刃が食い込み、丸太が左右へ割れた。

「…………」

「…………」

 思ったより気持ちいい。

「こんな感じ?」

 振り返る。

 彼女は口を開けたまま固まっていた。

「どうした?」

「…………」

「おーい」

「今……」

 ようやく声が出た。

「はい?」

「今、本当に何も使っていませんでした?」

「何もって?」

「身体強化です」

「だから使い方知らないって」

「…………」

 彼女は割れた薪を見る。

 俺を見る。

 斧を見る。

 もう一度俺を見る。

「ちょっと貸して」

「え?」

 斧を受け取った彼女が片手で持ち上げる。

 さっきまでとは違い、その身体の周囲に何かが薄く揺らいだように見えた。

「今のが?」

「身体強化です」

「へえ……」

 全然分からない。

 彼女は斧を置くと、今度は妙なものを見るように俺の腕を見た。

「少し、腕を触ってもよろしいですか?」

「なんで?」

「確認です」

「何の?」

「……私にも分かりません」

「分からないのかよ」

 恐る恐る伸びてきた手が、俺の上腕を触る。

 ぺた。

「…………」

 揉む。

「…………」

「どう?」

「普通です」

「だろ?」

「普通なのに……」

 もう一度、割れた薪を見る。

「おかしいです」

「失礼だな」

「そういう意味ではありません!」

 慌てて首を振る。

「男性が、魔力による身体強化も使わずにあの斧を振るなんて……」

「そんなに変?」

「変です」

 きっぱり言われた。

 俺は斧を見る。

 そして自分の手を見る。

 俺からすれば、ただ薪を一本割っただけだ。

 特別なことをした感覚なんてない。

 けれど。

 彼女の顔を見る限り――。

 どうやらこの世界では、それだけでも普通じゃないらしい。

お読みいただき、ありがとうございます。

続きが気になりましたら、ブックマーク・評価・感想いただけると嬉しいです。

本作をイメージしたオリジナルOP映像『UNLOCK』も制作しました。

▼OP映像『UNLOCK』はこちら▼

https://youtu.be/9cVlhU8ausk

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