第2話 リルと、知らない世界
「見つけたとき、本当に……もう駄目なのかと思いました」
「そんなに?」
「そんなに、です」
即答だった。
「発見するのがもう少し遅かったら、魔素酔いで死んでいたかもしれません」
「死……」
急に現実味のない言葉が飛んできた。
俺は自分の手を見る。
別に何ともない。
少し身体が重い気はするが、寝起きだからと言われれば納得できる程度だ。
「でも俺、今は普通だけど」
「それも心配なんです」
「え?」
「森の魔素は決して薄くありません。どれほど長くいらしたのか分かりませんが、男性が一人であの場所にいて、この程度で済んでいるなんて……」
彼女は俺の額へそっと手を当てた。
「熱はありませんね……」
今度は手首を取る。
「脈も……」
「ちょっと待って」
「はい?」
「さっきから普通に触ってくるけど」
「あっ」
女の子がぱっと手を離した。
「も、申し訳ありません!」
「いや、怒ってないけど」
「具合が心配で、つい……」
深々と頭まで下げられた。
なんだ、この子。
ものすごく丁寧なのに、心配になると距離感がおかしくなる。
「とりあえず、俺は平気だから」
「ですが――」
「ほら」
腕を動かしてみせる。
「痛くもないし」
「そういう問題ではありません」
「厳しいな……」
「当然です」
また即答。
でも、そのあと少しだけ表情が柔らかくなった。
「……本当に、よかったです」
その言い方に、俺は何も返せなくなった。
知らない相手なのに。
この子は本気で、俺が生きていたことに安心している。
「あの」
「はい」
「名前、聞いていい?」
「あ……」
女の子はようやく気づいたように背筋を伸ばした。
「申し遅れました。私はリルと申します」
「リル」
「はい」
「俺は神代涼。リオでいい」
「リオ様ですね」
「……様?」
「はい?」
「いや、リオでいいよ。様はいらない」
「ですが……」
「なんか落ち着かない」
「……分かりました」
少し困った顔をしてから。
「では、リオさん」
「さんも付くのか」
「それくらいは付けさせてください」
初めて、リルが少しだけ笑った。
俺もつられて笑いそうになる。
けれど。
魔素。
魔法。
男性は外にいるだけで危険。
長い耳を持つ少女。
そして、俺が最後に覚えているのは、あの降霊術。
「……リル」
「はい?」
「ここって、どこ?」
リルの表情から笑みが消えた。
「どこ、と申しますと?」
「国とか、地域とか」
少し迷ってから続ける。
「日本じゃ……ないよな?」
「ニホン?」
その反応だけで十分だった。
「東京は?」
「トーキョー……?」
「…………」
知らない。
どちらも。
俺は枕へ頭を戻した。
「どうされました?」
「いや……」
天井を見る。
知らない木目。
知らない家。
知らない少女。
魔素。
魔法。
そして、日本を知らない。
「ちょっとだけ」
俺は目元を手で覆った。
「もう少し寝ていい?」
「もちろんです!」
リルがすぐに毛布を掛け直す。
「ゆっくりお休みください。今は何も考えなくて大丈夫ですから」
「……そうする」
「何かありましたら、すぐに呼んでくださいね」
「うん」
優しい。
ものすごく優しい。
少なくとも、今の俺にはありがたい。
ただ――。
目を閉じる直前、俺は一つだけ思った。
俺は一体、どこに来てしまったんだ。
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