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第4話 初めての町へ

それからさらに数日。

 ようやく、リルからも「もう大丈夫でしょう」とお墨付きをもらえるくらいには身体が戻った。

 朝食を食べ終え、俺は空になった皿を持って立ち上がる。

「リオ様、そのままで」

「いや、これくらいはやらせてくれ」

「ですが――」

「もうふらつかないし、熱もない。昨日だって普通に歩けただろ?」

「それは、そうですが……」

 リルはまだ何か言いたそうだったが、俺は構わず食器を運ぶ。

 ようやく人間らしい生活に戻ってきた気がする。

 ここ数日、食べて寝て、起きればまた世話を焼かれての繰り返しだった。

「なあ、リル」

「はい?」

「そろそろ外に出てもいいだろ?」

 ぴたり、とリルの手が止まった。

「外、ですか?」

「そんな顔することか?」

「森には魔物もいますし、まだ魔素酔いを起こさないとも限りません」

「でも、ずっとここにいるわけにもいかないだろ」

 ここがどこなのか。

 この世界がどんな場所なのか。

 それ以前に、俺はこれからどうすればいいのか。

 分からないことだらけなのに、いつまでもリルの家で寝ているわけにはいかない。

「それに、服とかも借りっぱなしだし」

 自分の身体を見る。

 こちらへ来たときの制服はあるが、ここ数日はリルが用意してくれた服を借りていた。

「そのくらいでしたら、私が町で買ってきます」

「そうじゃなくて」

「必要なものを教えていただければ――」

「俺も行く」

「…………」

「なんだよ」

 ものすごく心配そうな顔をされた。

「……分かりました」

 しばらく考え込んだ末、リルが小さく息を吐く。

「では、一緒に町へ行きましょう」

「そんな大げさな……」

「ただし、私から離れないでくださいね」

「子供じゃないんだから」

「リオ様」

「……はい」

 こうして俺は、この世界に来て初めて、リルの家から離れることになった。

     ◇

 森の中をリルについて歩く。

 倒れていたときには何も見る余裕がなかったが、改めて歩いてみると、どこを見ても日本とは違う。

 見たことのない草花。

 妙に太い木々。

 時折、枝の隙間を横切っていく名前も知らない生き物。

 そして隣には、弓を背負ったエルフ。

 今さらながら、とんでもない場所に来たものだと思う。

「見えてきましたよ」

 リルの声に顔を上げる。

 木々の向こうに、石造りの建物が見えた。

 森を抜けるにつれて人の声が増えていく。

 やがて視界が開け、その先に広がっていたのは、思っていたよりずっと大きな町だった。

「おお……」

 思わず声が漏れる。

 石造りの建物が並び、その間を大勢の人が行き交っている。

 荷車を引く者。

 店先で客を呼び込む者。

 立ち話をしている者。

 服装こそ違うが、こうして眺めている分には、映画やゲームで見たことのある異世界の町そのものだ。

「どうかなさいましたか?」

「いや。本当に異世界なんだなって」

「……?」

 リルが首を傾げる。

 そりゃそうか。

 こいつにとっては、ここが普通の世界だ。

「それよりリオ様。気分は悪くありませんか?」

「大丈夫だって」

「眩暈は?」

「ない」

「吐き気は?」

「ない」

「身体が重いとか――」

「ないって」

 家を出てから何度目だ、このやり取り。

「少しでもおかしいと思ったら、すぐに言ってくださいね」

「はいはい」

「はいは一回です」

「……はい」

 完全に保護者だ。

 そう思いながら、俺はリルと一緒に初めての町へ足を踏み入れた。

 町へ入って最初に驚いたのは、人の多さだった。

 石畳の大通りを、ひっきりなしに人が行き交っている。

 通りの両側には、石と木を組み合わせた建物が隙間なく並んでいた。

 一階部分をそのまま店にしているところが多く、軒先には色とりどりの布や看板が吊るされている。

 二階の窓からは洗濯物が風にはためき、その下を荷車がガラガラと音を立てて通り過ぎていく。

「おお……」

 気づけば、さっきからそれしか言っていない。

 でも仕方がない。

 見るもの全部が珍しい。

「結構栄えてるんだな」

「この辺りでは一番大きな町ですから」

 リルの声も、どことなく弾んでいる。

 さっきから俺の半歩隣を歩きながら、やけに機嫌がいい。

「リオ様、あちらは市場です。向こうには服屋さんもありますよ」

「へえ」

「先にお洋服を見ます? それとも市場にします?」

「別に急いでないし、適当に見て回ろうぜ」

「はい♪」

 ……そんな嬉しそうに返事することか?

 まあ、数日ずっと俺の看病をしていたんだ。

 こいつも久しぶりに町へ来られて嬉しいんだろう。

 そんなことを考えながら歩いていると、一軒の店が目に入った。

「……これ、なんて読むんだ?」

 店先に吊るされた木の看板。

 文字らしきものが刻まれているのは分かる。

 だが、アルファベットでも漢字でもない。

 曲線の多い記号がいくつも並んでいて、さっぱり読めなかった。

「『銀麦亭』ですよ」

「これで?」

「はい」

 文字まで都合よく読めるわけじゃないらしい。

 その隣には露店が並んでいる。

 紫色の皮に黄色い筋の入った拳ほどの実。

 細長い真っ赤な実。

 俺の知っている果物とは似ても似つかない。

「リル、あの紫のやつ何?」

「あれはルグの実です」

「うまい?」

「甘くて美味しいですよ」

「へえ」

「食べます?」

「いや、ちょっと気になっただけ――」

「二つください」

「早いな!」

 もう買っていた。

 リルは代金を渡すと、受け取った実を一つ俺に差し出す。

「どうぞ」

「いいの?」

「もちろんです」

「じゃあ――」

 手を伸ばす。

 すると、なぜか実が引っ込んだ。

「……?」

 リルはルグの実を小さく切り分け、その一つを指で摘まむ。

 そして満面の笑みで、

「はい、リオ様。あーん♪」

「…………」

 差し出された果実とリルを交互に見る。

「いや、自分で食えるけど」

「遠慮なさらなくても大丈夫ですよ?」

「遠慮じゃなくて」

「はい、あーん♪」

「聞けよ」

 引く気配がない。

 仕方なく口を開けると、リルが嬉しそうに果実を入れてくる。

「どうですか?」

「……甘い」

「美味しいですか?」

「うん」

「よかったです♪」

 なんで食べた俺より嬉しそうなんだ。

「リルも食えば?」

「では」

 俺が持っている方へ顔を寄せてくる。

「……何してんの?」

「リオ様が食べさせてくださるのでは?」

「自分で食え!」

「まあ」

 くすくす笑っている。

 完全に遊ばれてるな、これ。

 その先では、大きな鉄板から香ばしい匂いが漂っていた。

 何かの肉を串に刺して焼いている。

 脂が炭へ落ちるたびに、じゅっと音がして煙が上がる。

「これ焼き鳥みたいだな」

「ガル鳥ですね」

「鳥なんだ」

「食べてみます?」

「いや、さっき食ったばっかりだろ」

「半分ずつにしましょうか?」

「まだ食わせる気かよ」

「せっかく二人で来たんですから、色々食べた方が楽しいですよ♪」

 やっぱり今日のリルは妙に浮かれている。

 向かいの店には、平たいパンのようなもの。

 別の店では、大鍋の中で白く丸いものが湯気を立てている。

 俺が少しでもそちらを見るたび、

「食べます?」

「いらない」

「あちらは?」

「いらないって」

「では帰りに買いましょう」

「増えてるじゃねえか」

 そんな調子で店を覗きながら歩く。

 服屋の前にも、見たことのないものが並んでいた。

 丈の長い上着。

 腰に何重にも布を巻く服。

 金属の飾りが縫い付けられたもの。

 中にはフードの上に穴が二つ開いているものまである。

 何のためかと思った直後、その答えが横を通り過ぎた。

 頭の上から獣の耳を生やした女が、尻尾を揺らしながら歩いている。

「……猫耳」

「はい?」

「いや」

 思わず振り返る。

 作り物じゃない。

 動いている。

 その隣にはリルと同じ長い耳を持つ女。

 少し離れた場所には、俺と変わらない見た目の人間。

 ゲームの画面越しに眺めていたような光景が、当たり前のように目の前を歩いている。

 すげえ。

 本当に異世界なんだ。

 映画でもゲームでもない。

 俺は今、その中を自分の足で歩いている。

「リオ様」

「ん?」

「楽しいですか?」

 見ると、リルがこちらを覗き込んでいた。

「ああ。見るもの全部初めてだからな」

「そうですか」

 なぜかリルが、ほっとしたように笑う。

「でしたら、もっと色々ご案内しますね」

「頼む」

「はい♪」

 リルは嬉しそうに俺の隣へ並ぶ。

 さっきより、少しだけ距離が近い。

「リオ様、次はどちらへ行きましょう?」

「服を買いに来たんじゃなかったっけ?」

「それはいつでもできますから」

「お前が言い出したんだろ」

「今日はゆっくり町を見て回りましょう♪」

 どうやら完全に目的が変わっているらしい。

 知らない食べ物。

 読めない文字。

 見たこともない服。

 知らない種族。

 俺にとっては、何もかもが新鮮だった。

 そしてリルはリルで、なぜかずっと上機嫌だった。

 ――その時、後ろの方で大きな音がした。

お読みいただき、ありがとうございます。

続きが気になりましたら、ブックマーク・評価・感想いただけると嬉しいです。

本作をイメージしたオリジナルOP映像『UNLOCK』も制作しました。

▼OP映像『UNLOCK』はこちら▼

https://youtu.be/9cVlhU8ausk

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