第十三話 「小さな女魔道士と、重課金者のメソッド」
# 第十三話
「小さな女魔道士と、重課金者のメソッド」
山間の野営地。
夜の帳が下り、周囲を深い静寂が包み込む中、クロードは焚き火の爆ぜる音を聴きながら、干し肉を炙っていた。
傍らには、昼間に返り討ちにした山賊の頭目が後生大事に抱えていた酒瓶。一口含むと、安酒特有のツンとした刺激が鼻を抜ける。
「……毒ではないな。それだけで上等だ」
その時、夜空の月を横切るようにして、一羽の白銀鳥が音もなく舞い降りた。クロードは慣れた手つきでその脚から筒を取り出す。だが、封蝋に記された署名を見た瞬間、彼はわずかに片眉を上げた。
「……リシェル? あのお転婆な方の修道女か」
いつも届くセレディアの、香り立つような流麗な手紙とは違う。どこか丸っこく、勢い余ってインクが飛んだような跡がある、元気いっぱいの手紙だった。封を開けると香る、潮風の匂いは、一緒だった。
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> **クロード司祭様へ!**
> 初めまして! 潮鐘修道院のリシェルです!
> いつも修道院を助けてくださって、本当にありがとうございます!
> それと今回、火魔法の初級魔導書、本当にありがとうございました!!
> 今日、島へ届きました!! すっごく綺麗でした!!
> ちゃんとした魔導書なんて初めて見ました。表紙に術式銀糸が入ってて、中の魔力紙も新品で、セレディアと一緒に「うわぁぁ……!」ってなりました!
> 正直、辺境だから中古のボロボロの写本かなって思ってたので、本当にびっくりしました。
> しかも、これ……すっごい高いんですよね!?
> 私、嬉しくて何回も読み返してます!
> まだ火花をパチパチさせるくらいしかできませんけど、もっと頑張って勉強します!
> 子供達にも「リシェルお姉ちゃんすごーい!」って言われちゃいました。えへへ。
> セレディアが「高価な物なのだから丁寧に扱いなさい」って十回くらい言ってくるので、ちゃんとお風呂に入ってから読むようにします!
> 私、クロード司祭様みたいな、立派な魔導の使い手になれるよう頑張ります!
> 巡回は危ないって聞いてます。お身体に気を付けてください!
> **女神様のご加護がありますように!**
> **潮鐘修道院修道女リシェルより!**
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クロードは読み終え、夜風に吹かれながら少しの間、沈黙した。
「……俺、魔術師扱いなんだな。一応、白衣を着た回復専門(建前)なんだが」
焚き火へ薪を放る。炎が勢いよく爆ぜ、彼の瞳を赤く照らした。
リシェルに送った『火魔法・初級魔導書』。あれは中央の魔導ギルドでも、地方貴族の次男坊が親に泣きついてようやく買ってもらえるレベルの代物だ。
術式媒体紙の質から、魔力定着の永続処理まで、クロードが「どうせ上納金で司教の贅肉になるくらいなら、修道女に寄付した方がマシ」と判断し、最高級の逸品を特注したものだった。
(火花しか出せんか。……まあ、独学ならそんなもんだろう)
クロードの口元が、わずかに緩む。
かつて自分が初めて術式を組んだ時の、あの焦燥感と高揚感を思い出したわけではない。ただ、自分の金で若い娘が着実に育ちつつあることに、奇妙な充実感を覚えただけだ。
彼は適当な羊皮紙の端を破り、羽根ペンを走らせた。
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### 【クロードからの返信】
> **リシェル**
> 学び始めたばかりなら焦る必要はない。
> 魔術の本質は出力の大きさではなく、術式構造の正確な理解にある。
> 無理な魔力放出は「魔力枯渇」や「暴走」を招く。まずは火花を維持する練習から始めよ。火事や、火傷には注意すること。
> 魔導書は「知識の器」だ。心と身体を清める為に、風呂に入ってから読むのは賢明な判断と言える。
> 丁寧に扱えば、その書はお前の生涯の武器となるだろう。
> 女神の加護を。
> **クロード・ヴァレンティス**
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「……完全に教育ママ(パパ)の返信だな」
クロードは苦笑しながら手紙を鳥に預けた。
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数日後。潮鐘修道院。
礼拝堂の机で、届いたばかりの返信を読み耽っていたリシェルは、顔を真っ赤にして叫んだ。
「えええっ!? クロード司祭様、ちゃんと返信くれた! しかも、私の『お風呂に入る』ってところまで拾ってくれてる!?」
「当たり前でしょう。司祭様は、私達のことをいつも細かく見ていてくださるのですから」
セレディアは、新調した(クロード資金の)聖水盤を磨きながら、誇らしげに微笑んだ。
リシェルは手紙を抱えたまま、不思議そうに首を傾げる。
「でもさぁ……中央の司祭様って、普通こんな辺境の女の子の手紙なんて、適当に聞き流すんじゃないの? 秘書に『適当に祈っておけ』って言わせて終わりとか」
「……それは、否定しません。ですが、クロード様は異質なのです」
セレディアは窓の外、夕日に染まる水平線を見つめる。
「私達がまだ、支援も止まり、本当に食べる物すら無かった絶望の中にいた頃から……あの方は一度も、私達を見捨てなかった。毎月、欠かさず援助を送り、手紙を読み、私達の日常を案じ励ましてくださった」
彼女の脳内では、クロードが「孤高の巡回を続けながら、辺境の小さな灯火を絶やさぬよう、身を削って仕送りをする聖者」として完全に完成されていた。
「それに、あの方は本当に『言葉』を大切にされる方です。飾り立てた長文ではなく、私達が今、一番必要としている『助言』だけを真っ直ぐに届けてくださる。……あの方は、本当の意味で人を導くことに慣れた、徳の高い方なのです」
実際には、クロードは単に「長文は疲れるし、投資先が効率よく育つための最適解を述べているだけ」なのだが、セレディアのフィルターを通せば、それは「真理の結晶」へと昇華される。
「……なるほどぉ。クロード司祭様、実はめちゃくちゃ良い人なんだね」
「ええ。私、いつかお会いできた時には、この命を捧げても良いとさえ思っているくらいです」
セレディアの、どこか熱を帯びた瞳に、リシェルは「うわ、これは重い……」と引きつつも、自分も負けていられないと魔導書を握りしめた。
「よし! 私、もっと頑張る! クロード司祭様に『リシェルを魔道士にして良かった!』って、お墨付きをもらえるくらいに!」
その夜、潮鐘修道院の礼拝堂では、小さな火花が何度も、何度も暗闇を照らしていた。
一方、クロードは、物色していた獲物(山賊)の頭頂部に手持ちの堅い杖を叩きつけ、金銭を淡々と回収していたところだった。




