第十話 「信心深い乙女達の茶会」
## 少女たちが無意識に繋がれる、絶対の鎖
控室の小さな窓から差し込む夕日は、すでに朱色から深い紫へと溶け込み始めていた。
薄暗くなった部屋の中で、セレディアは一人、しっとりとした静寂に包まれながらお茶を点てていた。
熱い湯が注がれた陶器の器から、辺境の茶葉が持つ、どこか野趣溢れる渋みと微かな甘い香りが立ち上る。セレディアが静かに茶筅を動かすたび、シャカシャカと規則正しい音が響き、白く柔らかな泡が器の表面を優しく覆っていく。女神教団の伝統的な作法に則ったその一連の動作は、息を呑むほどに優雅だった。
だが、その手元とは裏腹に、彼女の胸中は未だに激しく波立っていた。
「(クロード様の……“器”……)」
湯気の向こうに、なぜだかまだ見ぬ絶対の女神の代理人の姿が形を成していく。そして同時に、今朝、自分の目と鼻の先で猛り狂っていた、あの漁師の男の生々しい男性器の残像が重なった。少しでも元気になってもらいたい、という必死の想いでその時は深く気にしなかった男性のもの。
孤児たちの小さく無垢なものとは次元が違う、大人の男の、文字通り「熱を孕んだ凶器」。あれほどの質量と熱量で脈打つものが、自分たちを無償で救ってくれた気高きクロード様にも備わっているのだ。いや、自分たちの身も心も、すべての「所有権」を持つあの御方のものであれば、きっとそれ以上に雄々しく、自分たちを底の底から衝動を突き動かされてしまう圧倒的な存在感に違いない。
「ふぇ……っ!?」
想像が具体的な肉体の感触にまで及びそうになり、セレディアはあわてて茶筅を止め、自身の頬を両手で挟み込んだ。顔から火が出るどころか、身体中の血液が一度に沸騰したかのように熱い。
無自覚な昂ぶりが引き金となったのか、彼女の内に眠る《濃厚芳醇》な聖魔力が、甘く熟した果実のような香りを伴って、部屋の空気の中へと、とろりと漏れ出していく。自身の股間の奥がキュッと切なく疼くのを覚え、セレディアは涙目で身悶えした。
「本当に、あんた何一人で、そんなに悶えて踊っているのよ。お茶の香りに変な甘い魔力が混ざってるわよ、セレディア」
呆れたような、けれどどこか尖った声がして、リシェルが食堂へと続く扉から戻ってきた。年下の見習い修道女たちへの熱心な説教を終え、ようやく肩の荷が下りたといった様子で、リシェルはセレディアの対面に腰を下ろした。
「リ、リシェル……! ご、ごめんなさい、少し考え事をしていて……。はい、どうぞ。お茶が入りましたよ」
セレディアは真っ赤な顔のまま、何とか取り繕って泡立ちの美しいお茶をリシェルの前に差し出した。
リシェルはそれを訝しげに受け取り、温かい器を両手で包み込みながら、小さく息を吐いた。先ほどまで年下の子たちの前で重要な聖輪教義を教えるために凛と張り詰めていた表情が、気を許した親友の前でだけ、年相応の少女のそれへと緩んでいく。
「……はぁ。でも、本当に聖輪教義はしっかり教えておかないとね。この島は海賊だけじゃなくて、島の中にだって、ろくでもない男がウロウロしているんだから」
お茶を一口すすり、その渋みで喉を潤したリシェルは、ふと不快そうに美しい眉をひそめた。その脳裏に、数日前の忌々しい記憶が蘇ったのだ。
「聞いてよ、セレディア。この前もね、私が孤児たちを連れて海岸の近くを歩いていたら、島の中年の肥ったオヤジに声をかけられたのよ。物資を少し融通してやるからって、ニヤニヤした汚らしい顔で、人気の無い岩陰に誘い込もうとしてきてさ……」
「えっ!? まあ……リシェル、大丈夫だったのですか!?」
セレディアが驚き、豊かな胸を大きく揺らして身を乗り出す。
リシェルは「フン」と、セレディア並の美貌の顔立ちの鼻で笑い、冷徹なまでの拒絶を込めた瞳で首を振った。
「当たり前でしょ。思いっきり睨みつけて、その場ですぐに突っぱねてやったわ。あんな汚らわしいオヤジに、指一本でも触れられるなんて想像するだけで吐き気がする。……だいたい、支援金は十分に所有権持ちのクロードからもうもらってるんだから。あんな下品な男相手に、私は身体を開くつもりなんてないわ」
リシェルは語気を強め、教団教育で徹底的に仕込まれたその規律を、自分自身に刻み込むように口にした。
「女神教団の教義は絶対よ。純潔を守り、所有権を持つ者――私たちの恩人であり、女神の代理人としてこの修道院の唯一の支援者である『クロード』にだけ、この身のすべてを捧げるべき…ま、まあ…本当にその時はどうなるかわからないけど、信心深いあんたはもちろんだけど、私だって、教義も犯されて男に触れられるなんて、死んでも御免だわ、女神様に悪いもの」
リシェルの言葉には、一切の迷いも妥協もなかった。
中央の神殿を支配する肥った中年司教たちが、自分たちの淫らな欲望を満たすために改定した「修道女の所有権は上位の男が持つ」という都合の良い奴隷的教義。しかし、女神を疑わない純真な二人は、その教えの裏にある醜い思惑を疑っていなかった。多くの修道女達も多かれ少なかれ同様だった。
彼女たちにとって、教義は神聖なる女神の意思そのものであり、そして今、この辺境修道院修道女の所有権を有しているのは、教団の代わりに無償の愛を注ぎ続けてくれる、まだ見ぬ気高きクロードただ一人なのだ。ある種そこまでしてくれる女神教団の司祭が修道女の所有権を有し導くのならば、それは当然かも知れないとも思う。
「はい……。リシェルがご無事で、本当に良かったです。他の男の方に、そんな無理矢理なことをされるなんて……考えるだけで恐ろしいことですから」
セレディアはホッと胸をなでおろしながらも、先ほど自分が膨らませていた妄想を思い出し、再び耳の裏まで赤く染まった。
他の男への絶対的な拒絶を誓うリシェル。その一方で、所有権を持つ正当なる女神の代理人――会ったことはないが、都合よく夢想してしまっているクロードにならば、その身を捧げ、あの猛り狂う器をすべて受け入れることに、甘やかな期待と興奮を覚えてしまっている自分。昔少しの期間遊んだ幼馴染の男の子の事も少し霞んできていた。
「……ねぇ、セレディア。あんた、変な妄想してない?」
「ふぇっ!? な、ななな、何を仰るのですかリシェルっ!」
「分かりやすすぎるのよ、あんたは。まあ、いいけど……」
リシェルは呆れ半分に笑いながら、再びお茶に口を付けた。
汚らわしい有象無象の男たちを徹底的に排斥し、自らの意思で、教義の鎖を、女神の意思を、自分たちの意思とも思い、所有権をもつクロードへと繋ぎ止める二人の少女。
夕闇が完全に修道院を包み込む中、汗ばむような熱を帯びた控室には、まだ見ぬクロードへの素朴な忠貞と、いつか訪れるであろう「所有権の行使」の瞬間への、ひそやかな乙女の憧憬がどこまでも深く、濃厚に満ちていくのだった。




