14話 最下層の扉
お待たせしました。
「時間がかかってしまい、申し訳ございません。ルネ様」
人形との闘いが長引いてしまったことをルネにだけ謝るナーザリルトを見てレティシアは(嫌われてしまったかな?)と、なんとなしに思う。
レティシアは酷い選択を突き付けていたことに自覚はあるが、それを悪い事とは考えていないのでどうしても疑問で終わってしまうのだ。
どこまで行っても、どんなに辛いことでも、これらはレティシアの善意の行動なのだから。
「おや? 私にはないのですか?」
だが、それはそれとしてナーザリルトには謝罪を求める姿勢は変わらない。
申し訳なさそうにルネに頭を下げていたナーザリルトはレティシアの言葉に顔を上げて、冷たい瞳で対応する。
「あるわけないでしょう? 最初から手伝ってくれていれば、もっと安全に核を回収できたのですから。謝罪する理由がありません……レティシア様こそ、私を見捨てたことを謝罪しては?」
「見捨てたとは心外ですね。ちゃんと見守っていましたよ。最後も助けましたし」
「それを含めての――」
「どちらかと言えば――」
「いや、おい。その言い合いは不毛なんじゃ…」
「「ルネさん(様)は黙ってください!」」
「……はい」
喧嘩とはいかないのはわかっていたが、ルネもこの先を急ぎたかったので止めようとした……が、やはり女性の言い争いに口を出すのは間違いなのだろう。先程の言い合いを止めて仲良くルネを突き放す。
無理に割って入ると矛先が向きそうだと感じたルネは、二人を放って先の道を見る。
そこはこれまでと同様に灯石が等間隔に並んだ、先程と何も変わらない道だ。
(この先、か)
ルネは、ため息を吐いた。
「……どうしました?」
「お調子がよくないのでしたらいったん上に……」
いつの間にやら、言い争うを終えてレティシアとナーザリルトはルネの隣で、ため息を吐いていることを心配していた。
しかし心配されるのは二人の方であるとルネは思う。
ナーザリルトは先の試練でボロボロだし、レティシアはリビングでの戦いとここまで来るのに使った魔術で相応に消耗していた。
たいして役に立った訳でもなく眺めていることが多かった所為か二人の姿を見ているとルネは罪悪感に襲われそうになるのだ。
「いいや、なんでもない。話が終わったなら、行こう。この先の戦闘は俺がする」
「「……」」
「いいな?」
「……はい」
「……畏まりました」
どうにも納得しがたい様な顔をしていたが譲る気がないとわかったからか承諾してくれた。
そして更に深くレティシア達は進む。
速度としては先程よりも少しだけ遅いがそれでも相当な速さだった。
――しかし、順調とは言い難かった。
変わらない通路。
変わらない配置。
変わらない分かれ道。
罠の類は見当たらず、人形のような敵もいない。ただ歩くだけの時間の中で三人が思う。
――何かがおかしい、と。
「……ここも、あの結界――『幻蝕結界』と同じ効果でもあるのでしょうか?」
「……わからん」
レティシアの疑問に答えることはルネには出来ない。
するとそこでナーザリルトが言った。
「トルソー様の魔力はここには残存していないので、その可能性は薄いかと…」
その言葉にレティシアが詐欺師を見たような視線をナーザリルトに向けた。が、思考をめぐらして少しだけ納得した様に頷いた
「――なるほど、ナーザリルトさんはトルソーの魔力残りを判別できたのですね」
「……妙に引っ掛かる言い方をしますね。どういうことですか?」
どうやらナーザリルトはレティシアの何かに疑問を持ったらしい。動かしていた足を止めて問いかける。
それに伴ってレティシアとルネもその場に留まった。
あまり時間を掛けられないが、ルネとしても気になることでもあったのでレティシアの説明を聞くことにする。
「人の魔力は確かに使われれば空気中に残ります。ですが、それが誰から放出されたものかは判別できないんです」
「しかし私はわかりますよ?」
不思議そうに首を傾げながら言うナーザリルトはどうしてだろう? とレティシアに尋ねた。
「恐らくは…」と唇の下に人差し指を置きながら答える。
「そういった能力があるのか。はたまたトルソーの魔力のみの限定されたものなのかもしれませんね」
「……断言はしかねますが」とやはりナーザリルトという未知にはレティシアと言えども断言はできないようで、最後には視線を逸らした。
こういった態度はレティシアには少ないので、ルネは優しげな目で見守る。
それに気付いたのか慌てて話を変えた。
「しかしそれでも収穫ですね。トルソーの魔力を辿ればたどり着けるかもしれません」
「可能性はあるな。……ナーザリルトさん。最後に魔力の残滓を感じたのはいつですか?」
「……この地下通路に入る前が最後ですね。ここに来てから魔力の残滓は感じられませんでした」
ふん? とまた予想外な話についてルネは腕を組み、レティシアは面倒な情報が出ることを察して眉を顰めた。
(なら、この地下にはトルソーの力は働いていないのか?)
いや、飛躍し過ぎだなと考え直し、ふと気になったことをルネは聞いた。
「その最後に感じたのはやはり?」
「トルソー様の書斎です。というよりもそれ以外ですと魔力の残滓を感じられるのは『幻蝕結界』だけですね」
「なるほど…」
それはつまり、この場にはトルソーの力は及んでいないのでは? とルネは思ったがこんな広大な場所を作っておいて放置はないだろうと、別の可能性を考える。
「……なぜ、トルソーさんはそれ以外には変覚を使わなかったのでしょうか」
少しの間止まっていた会話はレティシアの共通の疑問によって再開した。
「そうする必要がなかったから?」
「こんなに来客を拒むような作りをしておいて? 辻褄が合いません」
「変覚に限界があったとかはどうだ?」
「んぅ、あり得なくはないですね。『幻蝕結界』という広大な結界を張っていれば他に手が回らない、なんてこともあると思います。しかし――」
「トルソー様が……恐らく死んでいる今も『幻蝕結界』が稼働していることからも理由としては薄いかと」
「確かに、半永続的に続いているんだから限界には関係ない可能性の方が大きいのか」
「そうですね。私もそう思います」
ルネ達は頭を捻り、仮説を出すがすぐさま他の二人から的確な反論が飛び砕け散る。
なら、とルネは歯嚙みしながら言った。
「わざと変覚を使わなかった、か」
「「……」」
レティシアとナーザリルトは思わず口を噤んだ。
今最もあり得る想像をしてしまったからだ。
しかし思いついたからには考慮しなければいけない。
ルネはふぅと息を吐いた後、言葉にした。
「――そもそも、ここには何もないんじゃないか?」
そう、三人が考える想像はまさにそれだった。
わざわざ自室に開かない仕掛けをしておいて、大事な成果がある場所には何もしない。そんな道理は成り立たない。
そしてトルソーはナーザリルトに出入りを禁止した理由も立てられる。
初めルネ達は大事な研究成果などがあり危険だから立ち入りを禁じていたと考えていた。しかし何もないならその説は成り立たない。
考えられる理由はひとつだけ。
地下は『侵入者を始末または閉じ込める場所だった』。だから危険で、出入りを禁じた。
今の状況を鑑みて、とても思い浮かぶ。
この館に賊が入ったとしよう。
この館を見つけた賊は最初館内を物色するが開かない扉。不気味な絵画。なぞに多くある椅子と机。そして何かがありそうな地下への扉。
当然、入り込むだろう。
誘蛾灯に誘われた蛾のように。
誘われたルネ達の様に。
ここまで想像した三人は同時にため息を吐いた。
「だとすると、もう扉は……」
「ええ、開かないか。たどり着けないと思いますよ」
「だよなぁ。……油断した」
ナーザリルトとレティシアの会話に相槌を打って、警戒が足りなかったと。力を持つ為の慢心があることを自覚した。たいていの障害では揺るぎもしないルネにとって環境の変化を問題視することはほとんどない。だから今回の油断はルネにとって決して軽くない訓戒となった。
「仕方ありません。なによりこうなるとわかっていても結局は入らざるをえませんでした」
「そうです。私が長年管理していたのでわかりますが、館内にいくらいても状況は変わりませんでした。地下に入ったのは正しい判断だったかと」
そこで仕方のないことだったと慰めてくれるレティシアとナーザリルトにありがとうと感謝を述べて、気を引き締めなおしたルネは「さて…」とこれからの動きについて話す。
「これからどうするかなんだが……進むか戻るか、どっちがいい?」
事の決定権を二人に預ける。
個人的な都合では進むみたいルネだが、今この場はレティシアとナーザリルトが主導の計画だ。助言はしても積極的に動くことはできない。
ルネの問いかけに二人は互いを見てひとつ頷いた。
「「進みましょう」」
戻る選択しを最初からいれていないことに若干の苦言を呈したかったルネだが、恐らく二人も様々なことを考えているだろうと口に出すことはなかった。
「そうか、なら進もう」
「対策などの話し合いはいいのですか?」
「少なくとも今は必要ないだろうよ。この場所が物理的に作られたならそう遠くない内に最下層に着くはずだ」
「なるほど、そうなのですね」とレティシアが首を傾げながら相槌を打つ。
するとナーザリルトが意外そうにルネに話しかけた。
「ルネ様は建築系の知識もあったのですね」
「多少ですけどね。専門じゃないから正確な事はなにも言えませんが」
「それでも凄いことですよ」
ありがとうございます。と言ってルネ達は進行を始めた。
同じ通路、分かれ道、材質の地下を駆ける。下へと続く階段を見つけるとまた同じ通路が続いている。
何層と続く道をルネ達は駆け続ける。
降りた階層が数十を超えたあたりだったろうか。
――ようやく変化があった。
「……また扉、か」
「面倒な仕掛けがなければ良いのですが」
「そんな規模の地下を作る人間だからな。あり得そうだ」
「わが主のことですが……否定できませんね」
目の前にあるのは今度は鉄製の扉だった。
書斎のように木製でないことから正しく大事な物が入っていると思われる。
ルネ達もそう考えた。
……考えたかった。
正直、ルネ達はこの地下への期待は大幅に薄れていた。
何もない時間稼ぎのような通路と一欠片も感じられない魔力残滓からもその考えに拍車をかけていた。
「一応ですが、確認だけはしておきましょう」
レティシアが前に進み言った後、「と、その前に」と立ち止まり振り返る。
「ナーザリルトさん、この扉には魔力の残滓はあるか見てくれますか?」
「わかりました」
ナーザリルトはじっと扉を注視する。少しすると首を横に振って「何もありませんでした」と残念そうに言った。
「そうですか……ですが一応確認だけはしておきますね」
「ああ、頼むよ」
レティシアが扉に手を添えて魔力を発して、扉に魔法的・魔術的な罠がないかを調べている間にルネはこれまでのことを頭の中で整理していた。
(中にある物によるが十中八九、犯罪者を想定した作りになってる地下。階層は五十前後とほとんどが同じ形の通路で出来ている。罠はなくて敵は人形が一体のみと手薄な状態。最下層には鉄製の扉がある、ね……)
なんとも意図を理解できない館だとルネは苦々しく組んでいた腕のまま二の腕を人差し指で叩く。
尻目にレティシアとナーザリルトが話しているを見て、ふと別のことを考えた。
(結局、あの喧嘩の理由を聞いてなかったな)
どうにもナーザリルトが隠し事をしていたことにレティシアが怒っていたわけではないのはわかるが、逆に言えばそれだけしかわかっていない。
ルネとしてはこれからも、少なくとも王都までは共に旅をする予定ではあるのでレティシアの反感を買う行為に関しての情報は欲しかったのだ。
女性を怒らせると怖い。
特にレティシアは不味いとルネの勘が囁いているのだ。
(まぁ、これからも色々と話してわかっていくしかないか)
人付き合いをあまりしてこなかった所為か、どうにも簡潔に終わらせる方法を先に考えてしまいがちだったため、今の状況にふと笑みを漏らしてしまった。
(こんなこと前なら考えることもなかったのに……変わったもんだ)
そんな自嘲が混じった笑いを浮かべていると扉の確認が終わったらしくレティシアが近づいてきた。
「やはり扉には仕掛けはありませんでした」
「そうか、ありがとう。なら行こうか、時間が惜しい」
「はい」
ルネはレティシアに並びナーザリルトが待つ扉の前に向かう。
隣を見るとレティシアがジッとこちらを見詰めていることに気が付き問いかける。
「どうした?」
しかしレティシアはルネを見たまま「いいえ、なにも」と言った。
なら何故見詰めているのかと言いたかったがそれはいつものことだとルネは苦笑を漏らす
「……そうか」
「はい」
扉前に着くとナーザリルトがお辞儀をしてルネ達を迎えた。
「お待たせしました、ルネ様。それでは参りましょう」
ようやく、最下層。
ナーザリルトが扉を開いた。
ようやく目的地ですね。
ここからが本番です。重要回になる……はずです!!




