6話 私は何も、知らないのです。
お待たせしました。
ナーザリルトの正体にレティシアは驚きに目を見張った。
彼女は言った。
自分は作られた存在だと。
だとすれば、
それは――
(擬似的に、だけれど確かに……超越種を越えたということ)
生物の創造は超越種に許された行為だ。
人は神に、
竜は龍に、
神獣は天使に、
死獣は悪魔に創られた。
どれもが眉唾物の逸話だが、そう語り継がれる程には真実に近いとレティシアは考えている。他ならない、レティシア本人が『生隷創造』という生命を創る能力を持っているのだから。
さらに深い思考に入ろうとするが、対話の途中であることを思い出し思考を浮き上がらせた。
「………失礼しました」
「いいえ、レティシア様は実に思慮深い御方なのですね」
「ありがとうございます。でも、そんなことはないですよ。ナーザリルトさんこそ、礼儀作法からお茶の入れ方まで全て素晴らしい腕前ですね。私ではマネできません」
「お褒めに預かり光栄です。これからも精進させて貰います」
2人はにこやかにお互いを褒める。
不思議とレティシアとナーザリルトの間には穏やかな空気があった。
そこで一人だけ会話に参加していなかった者が思う。
(なるほど、あの2人は相性がいい……というよりは性格自体が似ているんだな。……腹の中にナニかを飼ってそうな所が特に)
ルネは存在を消しながら傍観していた。女性の話に割って入らないのは正しい選択である。
穏やかな談笑の後、レティシアは紅茶を飲んだカップをソーサラーの上に置いた。
シン、とそれだけで場は緊張感に包まれた。
「――それで、トルソー様はどのようにナーザリルトさんを創ったので?」
肝心の本題を進める。
鋭い瞳で、嘘は許さないと言わんばかりにナーザリルトを見る。
「明らかにトルソー様は『変覚』でできる領域を越えています。それが出来たとして……相当な代償があったはずです」
「……」
レティシアの追及は酷く威圧的だった。
しかしナーザリルトは顔色ひとつ変えることはなくレティシアと同じく微笑んだまま。奇しくも同じ表情を使う2人はただお互いを見詰め合う。そこには穏やかさはもうなく、張り詰めた空気だけがあった。
(私の能力は悪魔から盗んだもの。生命を創造させる下地がありました。なら――)
なら、彼女の主は? と、疑念を頭に過らせる。
そして至って欲しくなかった、最悪な答えを思う。
(他人の魂を代償に使った魔術――生贄術)
レティシアが神獣を使って能力を目覚めさせた魔術。あれも生贄術の一種だ。
生贄術は特性上、何者かの魂を代償とした術式展開を求められる。そして生物としての強さが魂の強さに比例している。
レティシアは魂が最上位に近い強さを持つ神獣を代償として行っていた。だが生半可な人間が神獣をどうこう出来るとは考えづらかった。なら人間に手が届く、ほかの生命を創造出来るほどの魂の強さを持つ生物はレティシアは一種類しか知らない。
――人間だ。
生贄術に使う場合、動物・植物でもそうだが、特に人間は赤子であろうが、成人だろうが魂の総量は変わらないことが多いのを、レティシアは研究の成果で理解していた。
……そして何より、生贄術は理論を確立してしまえば容易に行使できてしまうことも。
(もし、彼女の主が生贄術を使ったのだとしたら………その痕跡を残すわけにはいきません)
生贄術は捧げた代償の分しか力を発揮しない。逆に言えば捧げればどんなことも出来るのだ。
抗えない悪意を個人ではなく国家として振りまく。
レティシアが魔術を扱ってから最も恐れていることだ。だからこそ魔術について誰かに話すことはなかったし、国に属する者と親しくすることもなかった。
なるべく犠牲のない道を選んで進んできたのだ。……それも結局は失敗して、レティシア自身が犠牲を許容してしまったのだけれど。
ナーザリルトは少しだけ顔を下げながら言う。
「……申し訳ありません。トルソー様は作成時の話は一切、私にされていないのです。……ですので、レティシア様が何を懸念しているのか、私にはわかりかねます」
「……そう、ですか」
この返答も、レティシアの望む答えではなかった為に苦い口調が出る。
「――もし宜しければ、何を懸念していたのかをお教え願えませんか?」
「……理由を、お聞きしても?」
知らず俯いていた顔を上げたレティシアはナーザリルトの目を再び見る。
そして、変わらない目と表情を持つ彼女は俯いたまま言った。
「私は何も知りません。……生まれた時からこの館の外には出たことがありません。だから外に何があるのか、知りません。トルソー様がどのように私を造ったのか、知りません。トルソー様が…………なぜ私を造ったのかも……知らないのです」
俯いた表情は始まりと同じ。ただ変わらない顔があるだけで、しかしそのままナーザリルトは寂しさを、悲しみを口に出す。
それは何百年と降り積もった感情の行きついた先のなのかもしれない。レティシアは想像の出来ない年月に思わず口を噤んだ。
けれど思考を止めることない。
だからレティシアは想像する。
もしも、自分が彼女の立場だったらと。全部とは行かないまでもほんの少しだけでもわかってあげたかったから。
(――きっと、泣いていたでしょうね。たった一人の愛しい人がいないのですから)
亡くす悲しさは、レティシアもよく知っているのだ。同時に、ふと思い出す。
カルセナクでカルナと二人、家で遊んだ時のことだ。
『良い悪いだけでも人は生きていけるよ。……ただ、大切を忘れちゃうと泣くことになるけどね!』
レティシアが最後に残していた苺を食べながら、そんなことをカルナは言っていた。
当然罰は下されたが、その当時はなんのことかわからなかった。伝えたいことが、理解できていなかった。
けれど今、その言葉を理解は今だできずとも、少しだけ納得できた気がした。
レティシアは一瞬、そっと目を閉じて感謝を告げる。
ただ、この場面ですら感謝を告げてしまえる程、カルナに頼っていたことに気付き、ひっそりと自嘲してしまった。
(なぜ、今なのでしょうね…)
仕方ない。ああ、仕方ない。
何を言ってもナーザリルトへの共感は変わらない。
初めからレティシアは理解できなくとも、共感だけはできたのだ。
だから、仕方ないのだ。
「だから、知りたい――知らなければいけないのです。………本に、書いていました。”子は親の気持ちをいつか知る”と。でも私は何年、いえ何百年経っても分からないまま。だから、だから……」
ナーザリルトの中に見える、今なお変わらない苦痛、自責、後悔。
長い年月の中で、それらをただ詰めて、消化する場もなく過ぎた時間で、飽和して、弾けて、心の大切な部分にへばりついたのだろう。
心の大切の全てを覆ったそれは、本来至りたかった結論を見えなくするのだ。…レティシアはよく、知っている。
「――少しだけならいいですよ」
だから、これはレティシアが他人へ向ける最大限の善意だった。
俯いていた顔を上げたナーザリルトはポカンとした後、前かがみに聞き返した。
「! 本当でしょうか!」
「ええ、深い内容をお話しすることは無理ですが、それでも良ければ」
「それでもよいのです。ああ、感謝いたします」
よく、嬉しそうにナーザリルトは喜んだ。
その姿にレティシアも了承してよかったと口を緩める。
話がと立ち止まったことを見たルネはレティシアへと声を掛ける。
無理をしていないか心配になったからだ。
「よかったのか? あまりよくはない話なんだろう?」
「……いいんです。話すのはほんの触りだけですから」
「そうか」
ルネはそこで続けようとした話を止めた。
今ではない。そう感じたからだ。
それとは他に、ふと空気、いや世界の気配が澱んだ気がしたから。
昔からそう感じた時は厄介な事が起こる。それはどう足掻こうと必ず何かの結果に損害を与えるのだ。
(どうも、いやな感覚だ)
ナーザリルトからではない。もっと別の何かから、そう感じている。
しかし、何かがわからない。
だから警戒は無駄だ。
しかし――
(なにより今というのが、きな臭い)
それはルネの勘でしかなくて、だから(考えすぎだな……)とそこら中に向けていた視線を止めて、少しだけ深くソファーに腰かけた。
今の状況に疲れたとため息を吐くとき、『セナ・ライプ』の宿で読んだ本の一文を思い出す。
(起こることは必然で、出会わないのは偶然…だったか)
言い当て妙だと、ルネはひっそりと笑った。
次回は2月12日です。




