3話 森
翌日、日が昇る前にレティシア達はセナ・ライプを発った。
「……」
なおその間レティシアの機嫌は一向に悪いままでルネもほとほと困っていた。ルネも怒っている理由はわかるが、実際あの件は一人で事足りていたのだ。つまりルネは手詰まりだった。
一方レティシアはそれほど怒ってなどいなかった。ただルネに構ってほしいが為にこのような態度を取って遊んでいるだけだ。しかし少女の件で連れて行ってくれなかったことを不満に思っているのも事実。苦笑いが絶えないルネをいい気味だと思い、優しい人だと見直した。
日が完全に昇りきった頃、ルネで遊ぶことを止めたレティシアは周囲の森を見回した。
「? どうかしたか?」
「……いえ、霧が深くなってきたなと思いまして…」
「ああ、そう言えば言ってなかったか。この辺りの森は年中霧が発生していて薄暗いんだ。……まぁ、だから王都に向かうのにこのルートを選んだわけだが」
なるほど、と納得してレティシアは足元を見ると踝ほどにまで霧が集っているのが見て取れた。
(これは下からの襲撃にいつも以上に注意が必要ですね)
それは魔物であり、犯罪者であり、国に仕える騎士達にだ。
現在レティシアは大々的に世界から指名手配を受けている身。当然、賞金目当ての暗殺者や正義感溢れた冒険者、騎士団にも狙われている。いつその刃が向けられるか分からない今、警戒の強化は必須だった。
さらに歩いていくと至近距離ですらぼやけてしまうほどに霧が濃くなっていた。その時、ようやくと言っていいだろう。レティシアが気づく。
「……っ! ルネさん。この霧、自然発生したものではありません!」
「っ!? 襲撃か?」
「いえ、これは……ええ、違います。攻撃ではありません」
「そうか、ならよかった。…しかしさっきのはどういうことだ? 自然に出来たものではないとは?」
臨戦態勢を解いたルネは立ち止まったレティシアに合わせて止まり問うた。何度かこの道を通ったことのあるルネにはレティシアの言葉は信憑性に欠けるもので、自然と詰問口調となってしまう。
「……この森に入って……いいえ、この霧が出てからずっと気になっていたんです」
「ふむ…」
レティシアは近くの木々に手を伸ばしてその幹に触れる。
「これほどの霧で出ていて……何故、あまり寒さを感じないのか、と。それが違和感の始まりでした」
「…なるほど、確かにそうだ。言われなければ俺も気が付かなかった。…確かに、寒くない」
「そう、それです」
レティシアは振り返り、ルネを指さす。
「それ?」
「言われなければ気が付かない? 本当に、気が付いていますか?」
「……っ!?」
ここで初めて、ルネも気が付いた。
これまでも、そして今も、霧には何の違和感も感じてはいなかったことに。そう、たった今レティシアに追究されているにも関わらずルネは何ひとつとして実感を感じていなかったのだ。
「これは非常事態です。ルネさんの反応を見るに今も、何も感じていないようですね」
「あぁ、そうだ。指摘されても実感が持ててない」
「なるほど。………しかし、ここで大事なのは何者かの悪意によって起こされている可能性が低いことです。この霧は誰かを惑わせる為ではなく、何かを隠す為に起こっている。なら、森を抜けることは容易でしょう。しかし、しかしです。ここで、この見たことのない現象を解明せず出るのは如何なものでしょうか」
「………」
明らかに期待した目をルネに向けながら饒舌になったレティシア。何を期待しているか察してしまい思わず呆れた瞳を向けてしまうルネ。それもそうだろう。避けれる危険に首を突っ込もうとしているのだ。ようやくと言っていいのかルネはレティシアが『魔法庫』で倒れていた原因を知った。
「……はぁ。……絶対に俺から離れないように」
「! はい! もちろんです!」
結局、ため息と共に森の調査を承諾してしまったルネは微妙な顔で森に入っていくレティシアを見る。これが返事だけではありません様に、なんて柄にもなく神頼みをしながら森の奥へと足を進めたのだった。




