第6話
時刻は朝の6時を回ったところだ。
うっすらと明るくなりあたりには朝靄が発生している。
隣の少女は朝日を浴びるとうっすら透けて見えた。
自分も朝日を浴びてみるが特に変わった所はない。
やはり幽霊というのは本当なのだろうか。だとしたらどうしたら救えるだろう......
少女はこちらの心配もきにすることなく椅子に座り、足を振りながら鼻歌を奏でている。
僕は椅子から立ち上がり駅長室へ入る。
そして畳の下に隠された棺を引きづり出す。
棺にびっしりと貼られた謎の札を乱暴に剥がし蓋を開けた。
埃と異臭が充満する。腕で口元をおおいながら薄目で中を確認する。中の遺体はミイラ化していた。
電車に乗れないのであれば、乗らずにこの空間から解放されるにはどうしたら良いだろうか?
僕は思考の末、この遺体を奴に渡せば良いのではないかと考えた。奴は体を探しているように思う。もちろん危険ではある。しかしこの空間は、奴の体と魂を分離し、この空間へと縛り付けているにではと思うのだ。
それでもダメであれば物理的に消滅させるしかない。
待合室に戻り少女の隣へ座る。
「夜になればまた会えるよね?」
「うん、それまでさよならだね」
目をこすりながら大きなあくびをする。
「この駅舎で待っててね。必ず迎えに来るから」
「うん」
あきちゃんは笑顔をこちらに向け、ゆっくり目を閉じそのまま寝てしまった。
僕は椅子から立ち上がり、駅舎の外に出る。
奴も昼間は活動できないようで、姿は見当たらない。
「よし、やるか」
肺に溜まった不安を一気に吐き出し、自分に喝を入れた。
***
朝7時になった。
異空間とは思えない普通の朝がやってきた。
棺を一輪の荷台に乗せて外に出る。
駅舎を離れ、橋を渡り村へと向かう。
閑散とした村に一度立ち止まり唾を一口飲み込んだ。
各家を調べながら進み、武器になりそうなものと罠に使えそうな道具を揃えた。やはり想像通り農具が多い。鉈や鎌、ノコギリから木材まで様々なものが揃う。
その後村の構造を隅々まで調べ上げる。
地図を手帳に書き、罠の位置や逃走ルートなどの段取りを始めた。
やるべき事を箇条書きにまとめ作業に取り掛かった。
***
全ての作業が終わる頃には陽は沈みかけていた。
やるべきことは全てやった。
空いた時間を一人で過ごすと気が狂いそうなので村の反対にある祠へと足を運んでみた。
文字の書かれた石とボロボロの皿にワンカップが置かれ、その中に最近置かれたであろう花があった。
考えるまでもない。あきちゃんだろう。
彼女はどうしてここに来たのだろうか?
自分はどうしてここに来たのだろうか?
あの少女を救う方法はこれしかないのだろうか?
まだはっきりしないことがある。この空間に来る条件だ。
村長の遺体を返せばおとなしく消えるのではないかと考えているが、空間が消滅する保証はない。
電車での脱出方法も考えておく必要がある。
日の沈む空を仰いだ。
すごくすんだ空でこれから化け物と戦うなど想像もできない。自分にできるだろうか?
命は惜しくないか。
いざとなると捨てようと思った命さえ惜しくなる。
帰りたい
今はただ少女を連れて帰りたいと願った。
***
時刻は18時、辺りは暗くなり時がやって来る。駅舎に入るとあきちゃんが椅子に座って待っていた。
くるりとこちらに振り返り笑顔で
「こんばんわ、おじさん」と言った。
こんばんわと答え、一言「帰ろう」と伝えた。
少女は静かに頷いた。
ホームに出ると線路の先から奴がこちらに向かって来るのが見える。
「あきちゃん、手筈通りここで隠れてて、必ず戻って来るから」
そう伝えホームの柵から道路に出て走る
明かりのない道を超えて、村へとたどり着くと手前の民家に入る。
玄関においておいた武器を手に取る
鎌と鉈は腰に、竹と包丁で作ったやりを手に持つ。鎌には砥石を括り付けてある。奴に叩き込むには重さが必要だろう。
玄関を開けたまま奴をこの家に誘い込む。
玄関には運び込んでおいた棺が鎮座している。
また、この家の廊下は長く狭い、奴の体格なら行動をかなり制限させられる。
僕は大声で叫んだ
「体を返して欲しけりゃこっちに来い!」
魂鬼の顔がうっすらにやけたように見えた。
勢いよくこちらに向かって突進して来る。
奥に逃げるとすごい衝撃音と木々がバキバキと折れる音がした。
奴は玄関付近の棺に近づき恐る恐る蓋を開けた。
「か らだ…」
棺から遺体を掴むも、ボロボロと崩れ落ちていく……
「ああ 生き た からだ……」
ギョロリとこちらを睨み、奇怪な笑みと声をあげてこちらに向かって来る。
明らかに奴の目的が自分に変わったのが分かった。
奴が狭い廊下をもがきながら迫る。
こうなったら倒すしかない!
「今だ!」
ピンと張ってあった釣り糸を鉈で断ち切るとガスボンベとライターによって火が魂鬼に降りかかる
「グギィィィ!」
こちらの攻撃は効いているようだ。
バタバタとのたうち回り火を払いのけさらにこちらへ迫る。
目前、思い切り部屋のドアを引き開ける。
魂鬼の頭に直撃、そこに後ろから蹴りを入れるとズブリとした嫌な感覚が足に流れる。
ドアに括り付けられたスパイクが奴に突き刺さる。
どす黒い液体が床に広がっている。
物理的にこいつを倒すことは可能みたいだ。
さらに奥に進むとキッチンのある狭いリビングにたどり着く
口元をハンカチで押さえ、裏口のドアに手をかけた状態で待機
魂鬼はドアを蹴散らし何本かスパイクが刺さった顔をこちらに向ける。
口元が割れ牙を剥き出し咆哮
鼓膜が破れるほどの凄まじい音を発し視界が揺れる。平衡感覚が失われ世界が歪む
ドアを回し転がるように外に這い出た。
何度も立って走ろうとするが足に力が入らず前に進まない。
とっさに井戸の後ろに隠れ、手に持っていた釣り糸を思いっきり引っ張る。
ズドン!
さらにすごい音とともに家が吹き飛ぶ
窓ガラスから熱風と破片が弾丸のように飛んで来て、井戸の陰に収まらない肩や足に破片が突き刺さる。
あまりの激痛に声が出ない。
距離を置いてガス爆破をする予定が崩れたが、なんとか生きている。判断が遅れれば死んでいた可能性もあった。そう思うと鳥肌が立つ。
吹き飛んだ家の瓦礫から奴の手が這い出て来る。
「嘘だろ!?」
この爆破で倒せないとは、せめて足の一本でも失っていれば勝機はあるが......
奴は5対満足で立っていた。
表面は焼け焦げ赤黒くなっているが依然として動きが止まる様子を感じない。
痛む体を鞭打って隣の家に入り廊下を走る。
キッチンを抜けて窓から外に出る。
空いている裏口から離れてやつを待った。
こちらに気づくと勢いよく狭い廊下を擦りながら外に飛び出て来る。
ズンと土埃がまって、奴は穴に落ちた。
すかさず手製の槍で奴を突き刺す
突き刺す、何度も何度も......
だが奴は動きを止めない。
液体を体からドボドボと垂らしながら穴から這い出て来る。
穴から出した右腕に向かって鉈を振り下ろすそのまま引き抜いた勢いで顔を横から叩き割る。
肉に食い込み骨を砕く嫌な感覚が腕に伝わると同時に衝撃で鉈を落としてしまった。
握力が衝撃に耐えれなかった。
ここでかたをつける!
ギゴゴと異音を発する奴の傷口めがけて鎌を振り下ろす。
暴れていた魂鬼も徐々に弱り、ついには動かなくなった。
どうやら撃退に成功した様だ。
膝がガクガクと震え、その場で崩れ折れた。
腕の感覚もない。
ただ頭の中が妙にクリアだった。
達成感やら疲労感で放心状態だが、アドレナリンがドバドバ出ている様だ。
呼吸を整えてフラフラと立ち上がる。
あきちゃんが待っている。
帰ろう。
爆風の破片でやられた傷が酷く、だんだんと痛み出して来る。ひどい汗と倦怠感を引きづりながら駅に向かった。
水の流れる音がする。
気がつくと橋までたどり着いていた。
なんども意識が飛びかけていたのかどうやってここにきたのか、時間の感覚も覚えていない。
もう少し、もう少しと自分の励ます声が薄れかける意識を現実へと引き戻していた。
一瞬、視界がぶれて耳がキーンとなって何も聞こえなくなった。
浮遊感と脳の奥で発せられた不安を感じた時、僕は水の中に落ちていた。
水の音が耳に、脳に響いて来る
そして考えた。聞き覚えのある様な遠い昔の記憶。
ふと不安が消え心地よい眠気に身を任せた。
僕は何処かのオフィスに佇んでいた。
目の前で誰かが叱られている
叩きつけられる書類
響く上司の怒号
否定される意見
詰められ何も言えなくされた惨めな姿
今度は何処かの寝室だった。
仕事に追われる怒涛の日々で体は疲れきり、達成感のない日々に疲弊した男は毎朝泣いていた。
ああ、そうか。
これは僕か。
帰りたくなかった。
電車の中で感じる寂しさは旅の終焉で、帰りたくない場所に帰らなければいけないからだ。
僕は帰りたくなかった。
僕は帰らなくてもいいのか
「おじさん!」
そう呼ばれて振り返ると、小さな女の子がこう言った。
「一緒に帰ろ!」
時間は一瞬だったと思う。
飛んだ意識を取り戻し水から顔を出した。
腰ほどの深さのある川だ。
なんでこんな所にいるのか?
上を見ると魂鬼の目が暗闇の中で赤く光っていた。
事態を理解した脳が急激に活動を始め過呼吸と立ちくらみに襲われる。
魂鬼は今までにない咆哮を上げ宙に飛んだ。
「おじさん取って!!」
左からの声に無意識で飛来物を捉えて受け取った。考えるまでもない。
導かれるままに、迷いなくそれを前に突き出した。
手にあるのは辞書ほどの大きさの本
それは魂鬼の青い炎に焼かれやがて赤い炎に変わっていく
魂鬼は宙に制止したまま徐々に飛散して消えていく。
白の教典
燃える教典を持つ手は不思議と熱くはなかった。黒く散っていく教典を眺めながらゆっくりと思う。
日常に帰るのかと
不思議と嫌な気はしない。
戻ったら仕事を辞める決心が付いた。なんて小さな世界で悩んでいたのだろうか。こうして何かをやりきった気持ちが全身を駆け巡り、勇気を与えてくれた。
あきちゃんと一緒に帰ろう
全てが飛散し、静寂の闇が訪れた。
川から上がり、あきちゃんの元へと戻る。
笑顔で迎えてくれるあきちゃんに親指を立てて答えた。
「よく教典の場所がわかったね」
あきちゃんは笑顔のまま首を傾げてこう答えた
「本棚にあった本を持ってきたよ」
「本棚!?」
「うん! 本は投げたら痛いもん」
僕は笑った。ただただおかしくて笑った。
木を隠すなら森
そして偶然にも持ってきた本が教典で
あきちゃん本人は本の角って痛いんだよ〜
と話をしている姿を見て全てが吹き飛んだ気がした。
こんなに笑ったのは何年ぶりだろうか?
考え方ひとつ変えて見るだけでこんなにも世界は違って見えるんだなとそう思った。
あきちゃんが僕の手を取って言ってくれる。
「お家に帰ろう」
僕は静かに頷き一緒に手を繋ぎ、駅へと戻る。
少しづつ薄れていくこの世界を見ながら、二人並んで駅舎の椅子に座っている
鼻歌を歌うあきちゃんに、飴を差し出した。
「飴ちゃん食べるかい?」
「知らない人から食べ物もらっちゃいけないんだよ」
いたずらじみた口調に僕は答える
「もう知り合いだから大丈夫」
「そうだね」
包装を破り、ぽいっと口に飴を入れて
「おいしい。ありがとう」
「どういたしまして」
薄れていく景色と世界の中で僕たちは一緒に飴を舐めながら手を繋ぎ笑いあった。
やがて白い空間に放り出され、繋いでいたあきちゃんの手の温もりだけが最後に感じられた。




