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少女は帰宅の夢を見る  作者: 桃狩白桃
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第5話

目の前にいるのは自分だった。下を向き人目を恐れ生きるその姿はとても惨めに見えた。


大学を出て社会人となった僕は、人間関係も仕事も順調だった。恵まれた環境で仕事をし、自信もついた僕は将来の不安などなんとでも乗り越えて見せると思えていた。しかし、順調に進んでいた人生も一時を境に変わってしまったのだ。慣れ浸しんだ会社は倒産し、なんとか転職した先では酷いパワハラにあった。別の会社でもやっていけると自信を持っていたはずが徐々に疲弊し夜には理由もなく涙が出るようになった。この時自分の精神は全て壊れていた。

その後も何社か転々としたがどこでもうまくいかず、今でもボロボロになりながら家と会社の往復だけの日々を過ごしている。


そこに立つ自分の目には何も映っていない。未来も希望も何も見えないその目は何を見ることもなくただ一点を見つめるだけだ。

30歳を超えたあたりで周りとの差がはっきりとわかり、さらに自信を失った自分はやがて生きることの意味さえ失い始めていた。

居場所を求めてなのか、現実から逃げたかったのか、僕はこうして休みを利用し、誰もいない所へひとり旅にやって来たのも、道中何度か樹海で自分の死を想像していたことから、自分が人生を諦めかけている事が理由なのかもしれない。そう思った。

僕は帰りたくなかった。

誰にも否定されず、誰とも比較せず、静かに過ごす日々が欲しい。

だから帰りたくなかったのだ。



気づくと、血流が悪くなった腕が感覚を失い、自分の腕ではないような全く別の重みに感じた。

痺れてしまった腕を動かしながら頭をあげた。

こんな古びた部屋で何をやっていたのだろうか、会社へ行かなければと時計を見ると朝の5時だった。

徐々に意識が戻って来る。寝ても覚めても嫌な夢だと思った。

部屋の中を見渡すと、一人の少女が眠っている。そこで眠る少女はどんな夢を見ているのだろうか? とても安らかに眠っている様に見えた。家族と一緒にいる夢だと良いなと思う。


深呼吸をして脳に酸素を送ると今の状況を改めて認識する。


ここは長洲森駅、僕は未だにこの狂った空間にいる。

だがもう直ぐ電車が来るはずだ。それに乗れば現実へと帰る事ができるだろう。

結局、終電の電車も少女の父親もやって来ることはなかった。

朝に電車が来ることも信じれるわけではない。一生ここで生きて行かなければならない可能性だってある。

ただ自分よりもそこで眠る少女だけは元の世界へと帰してあげたい。


腕の感覚が戻ると部屋を物色し、本棚にある資料を手にとって眺めて見ることにした。

特に変わったものはない。電車の運行記録や作業日報ばかりだ。作業日誌は毎日きっちりと書かれていて、他にも妙に日記が多い。駅長は律儀な人間だったのかもしれない。


机の引き出しも文房具くらいしか入っていない様だ。その中で一箇所、鍵のかかっている引き出しがある。

棚の横に鍵がぶら下がっていて、給湯室、倉庫、机、と書かれたプレートが付いていた。

机と書かれた鍵を取り、鍵穴に差し込み回して見た。

特に音もなく鍵は一回転し、引き出しが開いた。


印鑑やどこで使うのかわからない形状の鍵などが入っている。特に興味を引くものは無さそうなので閉じようとしたが、少し違和感を感じて手を止めた。

引き出しの高さと底の位置が微妙に合わない。この手の事務用キャビネットの底が分厚いと言うのも考えられない。一旦中に入っているものを出し、奥の方を覗いてみる。よく見えないので引き出しを外そうとした時、カタリと底が浮いた。これは二重底だ。

浮いた底蓋を外すと、下には一冊のノートが隠されていた。

どうやらこれも日記の様だ。他の日記よりもかなり詳細まで記載されている。

ここまでして隠している日記に興味が湧き、内容を読んでみた。


***


村長の奴が村を復興すると息巻いていた理由がわかった。すでに廃れたこの村の信仰を復活させたいと相談に来やがったからだ。俺が教典を持っている事を過去の資料を見て気付いたのだろう。


今も大して変わらないが、楽しみも生きがいもないこの村では宗教くらいしかやる事が無いのだろう。何かすがるものがなければストレスを発散するすべが無いのだ。村長の奴が没頭した信者達がやがて恐ろしいことにまで手を出し始めた過去を知らないはずがない。


おそらく村長は黒の教典を持っているはずだ。その教典を否定する白の教典は俺が引き継いでいる。奴は悪びれることもなく村の資料として大切に保管すると言ってきた。黒と白の教典は一緒にあってはならない。


村長は今日も暇なのか、駅まで来て教典をよこせと言って来た。もう一週間経つが諦める気配がない。駅長室や自宅に誰かが入った様子もある。教典は探しても見つからない様に保管しておいて良かった。


あれからしばらくして村長は何も言って来なくなった。諦めてくれたのなら良いが、未だ側近の奴らが俺を監視している様だ。


妹が拐われた。

今では唯一の家族なのだ。これから助けに行く。

自分の警戒心のなさに腹がたつ。


妹が死んでしまった。

ずっと俺を支えてくれていた妹がもういない。

奴らは妹を汚した。

橋の下で変わり果てた姿で発見された妹の姿が頭から離れない。気が狂いそうだ。奴らは事故だと言って無関係を装っていやがる。絶対に許すわけには行かない。


関わった連中を探すのは苦労しなかった。小さな村だ。犯人などすぐ見つかる。たとえ見つからなくても、村の奴らを全員殺せばいいだけだ。

無駄な犠牲を払わずに済んで良かった。早速7人を殺すとしよう。


村長を含め7人、奴らに気付かれずに6人目までは楽勝だった。残すは村長のみだ。流石に気付いているかもしれないが、知ったことではない。俺はただ自分の全てを捨てて奴を殺す。


まずいことになった。

村長の喉元を掻っ切ってやった時に、首筋に模様が見えた。

服を脱がすと奴は身体中に呪印を書いていやがった。

黒の経典の魔術だ。自分が死んだ時の保険に、とんでもないことをしやがる。

急いでこの呪いを返さなければならない。


半分だった。

半分だけかき消せたが、魂の空間に閉じ込められてしまった。

自分の体を持っていかれるよりはましだったが、ここから出る方法を考えなくてはならない。

奴に肉体を与えてはならない。

元の体を封印して畳の下に隠しておくか。

駅自体も結界を張っておく必要がある。

奴の魂が肉体を求めてやって来る前に......


概ね順調だ。

奴はこの駅には入って来れない。

後は脱出の為に電車を動かせば良い。

白の教典があればこの空間から出る事ができる。

それにしても何ておぞましい姿だろう。生前の性格がそのまま形になったと言える。


これがここで書く最後の日記になるだろう。

日記をつける習慣は、思いの外充実した時間であり、達成感を感じる。

その日記の最後がこういった形で締めくくられるとは思ってもいなかった。

これで俺の復讐劇も終幕だ。


***


次のページは白紙だった……

家にあった祭壇、帰れる電車、魂鬼の存在、守られた駅、そして殺人鬼。

自分の中で絡まっていた糸がほどけて行く。

魔術なんてオカルトが存在するなどとは思っていなかったが、この惨状を見る限りその存在を認めざるを得ない。

駅長は無事にここから脱出できたのだろう。

日記も続きは書かれていない。


「んん……ん」


あきちゃんが寝返りを打つと、ゆっくりと起き上がった。


「お父さん?」


目をこすりながらこちらを見てそう言った。


「残念だけれどお父さんはまだ来ていないよ。」


「うん......」


「あきちゃん申し訳ないけれど、少し移動してくれないかな?」


「?」


あきちゃんは奥の方に移動すると、僕は畳の隙間に手をかける。結構重い......

ゆっくりと持ち上げて横にずらしながら降ろす。

そこには棺があった。

びっしり札が貼られ、蓋のつなぎ目が見えない。

僕はその棺を見ながらあきちゃんに伝える。


「あきちゃん......一緒にここから出よう」

「お父さんはここには来れない理由があるんだと思うんだ。だったらここから出て一緒に探しに行こうよ」


「......」


「一緒には帰れないと思うよ。」


残念そうにあきちゃんは答える。


「どうして? もうすぐ来る電車に乗れば帰れるんだよ。」


「……」


下を向きしばらくして答えが来る


「お父さんが乗った後にその電車に乗ろうとしたの……でも乗れなかった」


おいていかれたとかではなく乗れなかった?

ん......どうして乗れなかったんだろうか。

乗るためには何かの条件があるのかもしれない。もしかしたら乗れるのは一人だけなのかもしれない。一人しか乗れないだけならあきちゃんを先に乗せれば良い。他に条件があるにせよ、もう時間も少ない。

ちょうど遠くから汽笛の音が聞こえた。


「あきちゃん! 電車が来るから君が先に乗るんだ。」


「もし僕が乗れずにいても決して降りずにいて」


「私一人なんてこわい......」


「大丈夫。次の朝にまた電車は来るはずだ。周りに誰もいなければ1日だけ待っていてくれ」


「約束だ。必ず一緒に帰ろう」


「うん!」


あきちゃんの笑顔がとても暖かく、頰を一つの涙が流れた。


棺を見下ろしながら中で眠るであろう村長へ複雑な思いを感じつつも、この悪夢から出ることだけに集中することにする。

電車の音が近づいて来る。

乗り込む時に襲われたくはない。駅長室から出て、窓から外も様子を伺う。

魂鬼はいない!

ホーム側、入口側、周囲の音に注意するも気配はない。知恵があるようには感じられなかった事から、潜んでいると言うことはないと思いたい。だが外に出れば奴を呼び寄せることになる。

電車のドアが開いた時に走りこめば問題あるまい。


ひょこっとドアから顔を出したあきちゃんを手招きで呼ぶ。

スタスタと歩いて僕のズボンのポケット辺りをぎゅっと握り、緊張が伝わってくる。

ゆっくりと頭を撫でて笑顔で答えた。


ホームに電車が入って来る。


本当に来た。電車が!


ゆっくりと停止すると長洲森駅到着のアナウンスが流れ、ドアが開いた。


「今だ!!」


戸をあけ放ち、あきちゃんの手を引き自分の前に出す。開いたドアから乗せようと......


ドン


引かれたあきちゃんの手が、何もないはずの空間で止まった。

自分の手で確かめようと見えない壁に向かって手を出す。


だが、そこに壁はなかった......


「やっぱりダメ。私乗れない」


「そんな......バカな......」


なんどもあきちゃんの手を引き、電車内へ載せようとするが、ダメだった。

発車のベルが鳴る--


「おじさんだけ先に帰って!」


寂しそうに下を向いて、スカートの裾をぎゅっと握る。そんな姿を見てはいわかりましたと言うほど僕はダメ人間になりたくはない。一緒の帰ろうと約束したばかりじゃないか!

ドアが閉まる瞬間に電車を降りる。

何度も捨てても構わないと思った命だ。目の前の少女を捨ててまで守るほど価値もない。ならせめてこの子の為に使いたい。そう思った。

あきちゃんの手を引いて一旦駅舎内へと戻る。

椅子に座りあきちゃんに聞いた。


「以前も同じように乗れなかったの?」


下を向いたまま頷いた。


「どうして乗れないんだ……」


自分に問いかけた質問に、あきちゃんが辛そうな顔で答えた。


「あき、ずっとここに居たから変になっちゃった」


え?


「どうゆうこと?」


「あきね、きっと幽霊になったの」


突如出たキーワードに能がショートしかけたが、それをきっかけに気になっていた疑問の答えが浮かぶ。

父親の書いたノートの内容の違和感にやっと気づいた。

そう1998年と書かれた日付だ!

この空間にあるものからしてここは1981年頃だろう。という事はあきちゃんは1998年にここに来たことになる。自分の認識は2017年だ。ここにいる少女は本来であれば自分と同じくらいの歳になっているはず。


「ずっとここで暮らしてたってこと?」


「うん。 夜だけね、ここでパパを待っているの」


「昼間はどうしているの?」


「なんだか眠くなるから寝てるよ」


「何年もそうして暮らして来たの! 一人で?」


「うん」


そんなことが可能なのか、この空間では不思議と空腹感は感じない。

だがここ何年もたった一人この空間で生活して来たなんて……


「幽霊だとどうしてそう思うの?」


「あきに声をかけてくれたの、おじさんだけだから」


「おじさん以外にここへ来た人はあきに気づかなかったから」


「あきちゃんの勘違いじゃなくて?」


ブンブンと顔を振って否定する。

魂がこちらに閉じ込められ、肉体だけ朽ちてしまったという事だろうか。勝手に現実世界では時間が止まっているのではと考えていたが、自分がここに来れた理由がつかないか。

魂と肉体が切り離され、時間とともに体だけが朽ちてしまったと?

まてまて、あきちゃんの存在に気づいているということは、まさか自分はもう死んでいる?

いや、だが電車に乗ることはできた……

あきちゃんが今幽霊だと仮定して、何故父親と一緒の時に乗れなかったのだろう?

生死は関係しないとすると、電車に乗るには他の条件があるのかもしれない。

ただし全て憶測に過ぎない。


あきちゃんはずっと下を向き、時折床に小さな雫を作る。


どう考えても条件は分からない、分かるすべもない。

だからと言ってこの子はここから出ることもできず、このままなのだろうか。

ずっと待ち続ける父親の元へと帰ることも叶わぬのだろうか。


僕は椅子に座りしばらく長考し、結論を出した。


そんなことあってたまるか!


僕は、彼女を救い、父親の元へ返す。


そう決意した。

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