第4話
長洲森駅
地図から消えた村ーー
ロウソクで照らされたノートを見つめ、ペンでいくつもの点を打ち付ける。
ここに来てからの事を整理しようと書き始めたは良いが、わからない事が多くペンは行き場を失っていた。
どうやって私達はこの場所にたどり着いたのだろうか......
ここに来る条件は電車内での睡眠が考えられるが、それだけならもっと多くの人が失踪してもおかしくはない。この長洲森駅の噂に失踪の話はあるが実際に事件として取り上げられたのは数件でしかない。きっと他にも条件があるはずだ。時間や気候、もしくは思考などあの時の状態をよく思い出さねばならない。
時刻は午後4時頃で天気は晴れ、外気温は体感で32度といった所だろう。電車内は冷房が効いており、特に寒くは感じなかったはずだ。
旅疲れもあってか先に眠ってしまった亜希の無垢な寝顔を見ながら旅行の思い出を振り返っていた。
あの時は、娘の夏休みが有意義に終わって欲しいと願っていた事は覚えている。
その後は電車内の揺れに眠気が襲い、携帯で目覚ましをセットして眠りについたのだ。
その時は誰も車両には居なかったが、まどろみの中で一人前に誰か座って居たような気もするが、起きた時には誰もおらずこの長洲森駅に着いていた。
もしかしたらあの時居た一人が何かしらの原因を作ったのだろうか?
いや、あれはただの夢だった様な気がする。私は亜希と一緒に何か喋っていた様な気がするからだ。
他には携帯の目覚ましや娘への想いなど条件になりそうなものはあるが、どれも確証になるものはない。
過去に長洲森駅に行ったという男の情報は寝ていたという事だけでそれ以外は不明だ。その男と連絡でも取れれば良いが携帯はここでは使用できない。
この先にある村で情報を集める手もあるが、今は朝にここから脱出することが先決だろう。
ここへくる方法は戻ってから調べた方が早そうだ。
ここで見つからない答えを考え続けても仕方がない。
それにしても、昔話題になった宗教事件現場がこんな恐ろしい結果となって自分の目の前にやって来るとは思わなかった。旅行ついでのちょっとした調査に過ぎなかったはずなのにだ。良い思い出になればと連れて来た事で、亜希まで巻き込んでしまったことが今となっては悔しくて仕方がない。
考察をノートにまとめながら隣で寝る亜希の寝顔を見る。ここから無事に脱出し、ちゃんとしたベッドで寝かせてあげたい。娘は今どんな夢を見ているのだろうか。私は再びノートへとペンを走らせる。
ここを脱出する方法は朝に来る電車に乗れば良いはずだ。それが今唯一の希望なのだ。このおかしな所とは早く離れた方がいいだろう。
書き終えたノートを閉じ台所へと向かう。
蛇口をひねってみるが、相変わらず水は出ない。
ここにきてからは何も口にしていない。
整理された食器棚には珈琲やら紅茶もあるが肝心な水がないため飲むことができない。特に喉の渇きや空腹感はないが、珈琲でも飲めればもう少し集中できるのだが……
時計を見ると午前4時を回ったばかりだった。
電車の来る正確な時間は不明だが、電車を待つためにも駅舎へ移動すべきだろう。
ガリ…ジャガリ
外で石を踏む足音が聞こえたが、私たち以外にも人が!?
「おい、誰かいるのか?」
少しだけ声を抑えて相手の出方を伺うが、返事はない。
そっと窓に近づきカーテンの隙間から外を覗き見る。
ロウソクで室内の方があかるいせいか外が見えにくく自分の顔が薄っすらと映り込み、それと重なる様にして何者かが笑った。
ガラスの割れる音が耳を貫き目の前が白く何も見えなくなる。
ゴハッ
背中に衝撃を受け、肺の空気が全て吐き出されてしまう。
息が......吸えない。
微量の酸素を肺に取り入れながら脳へ酸素を供給する。片目でゆっくりと視線をあげて行くと、先ほど覗いていた窓から足が突き出されている。足の構造こそ人と同じだが異様に長い。
狭い窓から足以外の物体が突き込まれる。
ぎょろぎょろと周りを見渡す目と裂けた口がついている。
「ひぃ!!」
「こ こ にい た かえせ かえせ」
あまりにも異様な姿のそいつが、小さい窓から家へと入ろうともがいている。
この村で起きた連続殺人の事が脳裏に蘇る。
痛む背中を壁から剥がして起き上がり、寝ている亜希を揺さぶり起こす。
「亜希、起きてくれ急いで逃げるぞ!」
亜希が目をこすりながら起き始めたことを確認し、手をとって走り出す。
とりあえず駅舎に避難をーー
窓から入り込んだのか家の中からガラスや食器が割れる音が響く
器用に体を折りたたみ玄関から現れたそいつは4本足の蜘蛛を連想させる。
手には指はなく鋭い刃のようになっている。
そいつはこちらを一瞥し、口から白い息を吐き出した。
「いやぁ!」
亜希がその姿を見て顔を引きつらせている。
「亜希、腕にしっかりつかまって! 絶対に離すんじゃないぞ」
ギュッと両手で握るのを確認し、斜面を降り駅舎まで走った。亜希は私の手にしがみつき必死について来ている。
「お父さん怖いよ」
「大丈夫一緒にいるよ。だから前だけを向いて全力で走るんだ」
駅舎に入り、戸を閉めてホーム側の出入り口で待機する。
自分と亜希の息遣いだけが聞こえる。
あいつはどこに行った?
バンッ! と大きな音を立てて天井から埃が降って来る。
天井まで跳んだのか? 信じられん。
奴は天井を伝い、ホーム側に向かっている。
急いでホーム側の扉を閉めて反対側に逃げる。
窓の上から顔だけがこちらを覗き込む。
地面に着地し、戸に向かって突進をしてくる。
慌てて後ろの戸に手をかけて反対側から逃げようとしたが、奴は戸にぶつかった後に後ろに転がった。
「亜希、そこの駅長室に隠れていなさい。中に入ったら鍵をかけるんだぞ」
「嫌! ひとりにしないで」
「お父さんがあいつを遠くへ連れて行くから亜希はここで待っているんだ」
涙目の亜希を横目に扉を閉めた。
電車に乗るまでの時間を稼がなければならない。
意を決して戸を開け、全力で外に飛び出す。
「化け物、こっちだこっちに来い!」
再び屋根に登った奴は顔をこちらに向けて憎悪を放つ。
私は村に向かって走った。
***
上がった息を落ち着かせて壁越しにへたり込んだ。
村まで走り家の中に隠れた私は、ドア越しに奴の動きを伺う。
どうやら家の前を通り過ぎた様だ。
窓から奴の背中を確認する。
息を整えながら、ゆっくりと裏口から外に出て見つからぬ様に物陰に隠れ、来た道を戻る。
薄っすらと明るくなり始めた空を見上げ、少しの安堵に心が落ち着く。街灯もなかった道を朝日が照らし始め、見えなかった道を切り開いた。
さあ帰ろう、亜希と一緒に現実へ
私は駅舎へ行く前に近くの民家へ向かう。
荒らされた部屋の中を通り、祭壇の前に立った。
自分のノートを開き、最後の記録を残す為、ペンを取る。
ガリィ
外の音に心臓が爆発しそうになる。
もう戻って来ただと!?
あいつは一体何者なのか、昔の記憶を掘り起こしある一つの文献を思い出す。
魂鬼……
玄関から奴が近付いてくる。割れたガラスを踏み邪魔な椅子を払いのけ、かえせかえせと迫って来る。
私は急いでノートに情報を書き記しノートを閉じた。
私達以外の誰かのためになることを願って。
割れた窓から飛び出す。
ここで奴を足止めしなければ安全に電車に乗れない。
納屋へと向かい落ちている角材を拾う。
追い詰めたと言わんばかりに奴はゆっくりと納屋に入って来た。
身を屈め顔の位置が揃うと奴は言った。
返せとーー
奴の頭めがけて角材を振り下ろす。
鈍い感触が手に伝わる。
「ギィィヤァァアアアアアアアア」
奴は奇声をあげて手を振り回した。
柱は簡単に切り裂かれ納屋が傾く。
奴の足元を転がる様に抜けて納屋を出た。
納屋が倒壊し奴が生き埋め状態になった。
私は迷わず駅舎に走る。
斜面を降りるときに遠くでこちらに向かう電車が目に入った。
駅舎に着くと駅長室の扉をノックする。
「亜希、ここを開けてくれ電車が来た。一緒に帰ろう!」
そう言うとガチャリと鍵が空き、ゆっくりと扉が開いた。
「お父さん!」
亜希は私にしがみつき怖かったと何度も言った。
それを宥めながらホームに入る電車を迎える。
亜希の手を引きホームに入って来た電車の前に立った。
電車には誰も乗っていない......
しばらくして電車のドアが開いた。
これで悪夢も終わりだ。
帰ろう。
電車へ一歩踏み入れ、中の安全を確認する。
特に問題なさそうだ。
振り返り亜希に手を差し伸べる。
だが私の手は亜希には届かなかった。
ドアの前に呆然と立つ亜希は何かに阻まれ前に進めない。
何が起きているのか分からぬまま、やがてドアが閉まり亜希との間を切り離していた。
「まて、まだ娘が乗っていない! ここを開けてくれ!」
必死でドアを開けようとするが全く動かない。
泣きながらドアを叩く亜希の姿を見てなりふり構わずガラスを破ろうと何度も蹴った。
ヒビすら入らない。
やがて電車は軋む音を立てゆっくりと動き出した。
「待ってくれ、頼む、残すなら私を残してくれ……」
走って追いかける亜希の事を思いながら、私は誓う。
必ずここに戻って来る。
ドア越しに叫んだ。
「良いか亜希!必ず戻って来るから、駅舎から出ずに待っていなさい!」
「私より先に誰かが来たのならノートを見せなさい! 電車には絶対に二人で乗るんだぞ」
徐々に加速した電車は亜希を弾き、私だけを載せて走り出した。
転んで泣く亜希の姿を窓越しに見ながら私はその場で膝から崩れた。




