第2話
少女の必死な顔で朦朧とした意識が冷静さを取り戻して行く。
思わず電車だと叫んでしまったものへ再び意識を向けると、一瞬だけ月明かりが照らす所でその姿を確認できた。
一見蜘蛛のようにも見えるほど長い四肢とぽっかりと空いた胴体の穴。中で青白い炎が揺れている。頭部は無造作に揺れ動いていて意識があるようには見えないが、一瞬ニヤリと笑ったように見えた。手は槍のように鋭く尖っている。四つん這いで迫ってくるそいつはすごい勢いでこちらへ向かって来ていた。
なんだ......あれ
どう考えても人間じゃない
幽霊? モンスター? いや、もっと例えようのないリアリティのある恐怖。その恐怖が自分の死のイメージを何度も頭の中で繰り返す。
荒くなった呼吸を整えようとするが、深呼吸の度に苦しくなるばかりで、じわじわ手のひらに汗が漏れる。
次第に恐怖で白く、感情が溶けていくーー
「おじさん!」
少女の声で再び我に帰る。
視界がハッキリし景色に色が戻ると、自分が失神寸前だったことを理解する。金縛りも解け、少女の引っ張る力で駅舎内に倒れこんだ。
「ぐあっ!」
なんとか頭は守れたが、胸と腕を強打してしばらく痛みで悶絶する。
ドタドタッ バシャン!
少女は先ほどまで開かなかったはずの出口の戸を勢いよく開けた。少女が早く早くと手招いている。
全てがどうでもよくなるほどの痛みの中、耳だけは冷静に音を捉える。
ジャリジャリカンッジャリカンジャリジャリカンジャリジャリ
線路の上を走る鋭利な音がすぐそこまで迫っている。
腕に力を入れ上半身を起こし、足で地を蹴り出口まで走る。出口を出るとそのままの勢いで少女の手を掴み、右の道へ。
「くそっ! なんだよアレ!?」
数十メートルしか走っていないのに、心臓が爆発しそうだった。どこか隠れる場所を探さなければ。
山の斜面にある家に行きたいが、急な斜面で草がすごくどこから登れば良いか躊躇してしまう。
「おじさん、あそこ!」
必死についてくる少女が指差す先に、若干草が少ない箇所が見えた。
石階段らしきものがある。
一度後ろを確認し、草むらの中へ入った。
あいつに見られていないだろうか。草の音でバレやしないだろうか。心臓は止まることなく胸を打ち、足が重くなっていく。胸をギュッと押さえつけ斜面を駆け上がる。そうすると不快だった草の感覚が消え、視界がひらけた。
小さな納屋と2階建ての家がある。古い民家で全く手入れがされていない状態だ。
玄関のところまで走り、戸に指をかける。
ガタガタ...
「クソっ開かない!」
鍵がかかっているようだ。
無理やり蹴破っても良いが、今音を立てるのはまずい。周囲を確認すると、納屋の戸は壊れて半分開いている。
「納屋の中に隠れよう。」
少女は何かを言いかけたが、とりあえず身を隠すために連れて納屋の中に入った。
中は真っ暗だ。
ほぼ半壊しており、中は瓦礫で埋もれているようで足場が悪い。
暗闇が怖いのか、少女が腕にしがみついてくる。
ポケットから携帯を取り出しライトで辺りを照らしてみる。奥の方に外から見えない隠れそうな空間があった。急いでそこに入り込む。
携帯のライトを消してポケットにしまおうとーー
「あ、警察!」
ずっと混乱してて気づかなかったが、携帯で警察に助けを求めればいいじゃないか。もう一度携帯を出して画面を確認する。こんな場所だから圏外なのではと思ったが、辛うじて電波が入っている。
「よし!」
震える手で緊急のボタンから警察に電話をかけた。
携帯を耳に当ててつながりを待つ。
ツ ツ ツ
プルル......
かかったぞ!
プツ
「あ、あの!」
「キキッキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ」
「うわぁああああああああああ!」
耳を引き裂くほどの異音がして思わず携帯を投げる。
不快なんてものではない、悪意というべき音が脳を刺激し頭がグラグラとした。
「おじさん大丈夫?」
「......ああ、大丈夫。」
「静かにしないとあいつ来ちゃう。」
「ごめん......」
投げた携帯を拾い画面を見ると、画面は割れ電源も入らない。
まだ2年経ってないのに......
「おじさん、元気出して。」
少女はそういうと少し悲しそうな顔をした。
この子を不安にさせるわけにはいかないな。
「そうだね、ありがとう。」
そういえばまだこの子の名前を知らないな。
少し焦りが落ち着き、奴の気配もないので小声で聞いてみる。
「君の名前はなんていうの?」
「あき...... おじさんは?」
「本成藤光、本成が苗字で、藤光が名前だよ。」
「じゃあ、ふじおじさんだね。」
あきと名乗った少女は少しだけ笑顔を見せた。
どうやらおじさんは確定事項らしい。
「あきちゃん、色々聞きたいことがあるんだけどいい?」
「うん」
「さっきのあいつは何かわかるの?」
「知ってるよ、お父さんが魂鬼って言ってた。」
「こんき?」
「みんなの心をここへ閉じ込めるんだって」
「うーん、つまり幽霊ってこと?」
「うんとね、お父さんは幽霊じゃないって言ってたかな。」
「あきちゃんのお父さんは何をしている人なの?」
「お父さんは学者さんなの! ここに来たのもけんきゅーのためなんだって。」
「研究......?」
なんの研究をーー
ガリッ
「!?」
外で足音がする。
ガリッ ガリッ
明らかにこちらを探しているようだ。
安定しかけていた心拍数が急上昇する。
バキッ ガリッ
頼む見つからないでくれーー
「......」
しばらく周辺をうろついた後、音がしなくなった。
「ふう......」
ひたいに溜まった汗とあごに落ちた汗を拭う。
「おじさん、今のうちに家の方にいこ。」
奴が去った後間もない。
「まだ動かない方が良くない?」
「お家の中にね、ノートがあるの。誰か来たら読ませろってお父さんが言ってたから。」
「なんだって!?」
思わず大きな声を出して口を覆う。
なんで鍵が閉まっている家の中にお父さんのノートがあるんだ? さっき玄関の鍵はかかっていたのに。
あきちゃんが外に出ていく。
「あ、ちょっと!」
制止を無視して外に出てしまった。
恐る恐る自分も納屋を出る。
埃臭い納屋の中から出ると、すーっと風が吹いて軽い空気が肺を満たしていく。
3回深呼吸をして家の玄関に向かったあきちゃんの後を追った。
「どうやって中に入る?」
開かない玄関を改めて確認してあきちゃんに問うと。
「この郵便受けの裏側に鍵があるよ。」
そう言って取り出した鍵をこちらに向けてニシシと笑った。
あきちゃんは鍵で玄関を開けて中に入っていく。
混乱で頭がついていかない。
考えるのをやめて続いて家の中に入った。
「うわぁこりゃひどいな......」
外観もボロボロだったが、内部はもっとひどかった。
家具やらお皿、ガラスなど散らばり放題だ。
あきちゃんはひょいひょいと倒れている棚やら椅子やらを避けながら奥へと入っていく。
座敷の部屋に入ると、小さな祭壇があった。
仏壇でもなく神棚でもない異様な雰囲気の祭壇。
あきちゃんはその祭壇に置いてあったノートを手にとって広げて見せた。
「ほら、これ。読んで見て......」
開いてくれた箇所を読んでみる。
「まずは長洲森村で起きた連続殺人事件について記す。」
「殺人鬼の存在が確認されたのは9月21日、長洲森駅で電車に乗った人が失踪する謎の事件が起きてから2週間後のことだ。」
「失踪した人の亡骸が長洲森駅から離れた山中で発見された。」
「過疎化していた長洲森村では独自の宗教が形成されており、遺体が発見されるまではヤマノガミの祟りだと言われていた。」
「発見された遺体の数は全部で6人。失踪者は全部で7人であるが、残り1人の遺体は未だ発見されていない。」
「警察は事件として捜査を開始するが、目撃者などの情報はなく捜査はすぐに行き詰まった。」
「村では再びヤマノガミの祟り説が再熱し、妙な儀式が行われたりと精神的な大混乱が発生した。」
「この時宗教を統率し混乱を沈めたのは、長洲森駅の駅長兼ね運転士である葛桐涼平である。」
「村の出入り口を管理する人物だったためか顔も広く、村人から絶大な信頼を得ていた人物である。」
「以後、宗教活動が表面化されることは無かったが、一部信仰心の高い物たちで何やら危険な儀式が行われていたと噂されている。」
「なお、事件は未解決のままであったが村の過疎化が急激に進み、宗教混乱以降は徐々に風化していった。」
「長洲森駅は1983年に閉鎖され宗教も消滅したものと思われる。」
「この長洲森駅について事前に調べた範囲ではあるが、以上が長洲森駅周辺で起きた事件の概要である。」
ページ内に書かれていたのは、この付近で発生した事件についてまとめた記事の様だ。
最後に記入日が記載されている。
「1998年8月30日」
読み終わった事に気付いたあきちゃんはページをめくりさらに読む様に目で訴えて来る。
続きを読もうとしてノートに目を落とすが、ずっと感じていた違和感を無視できずに前のページを開いた。
長洲森駅は1983年に閉鎖?
今は2017年である。大丈夫ボケてはいない。
長洲森駅というのは先ほどの古い駅だ。電車のアナウンスでもそう告げていた気がする。
疑問を解消できずに唸っていると、あきちゃんがノートをパンパンと叩いた。
先を読めと。
「いつかこのノートが読まれることを想定し、私がこの空間に迷い込んだ経緯も記すこととする。」
「このノートを読んでいる者がいるのなら少しでも助けになればと考える。」
「私は、1998年の8月29日と30日の休みを利用し、娘の夏休み最後に思い出を作ろうと田舎の民宿へと旅行に来ていた。」
「ちょうど長洲森駅という謎の駅についての噂も調査できることもあり、私としても仕事ができるチャンスでもあった。」
「しかし、この時点ではなんの手がかりも掴めず、長洲森駅の発見には至らなかった。」
「せめて娘の良い思い出だけでも作ってあげたいと、まだみれるという蛍を堪能して私達は家への帰路についた。」
「疲れていたのだろう2人で居眠りをすると、なんと長洲森駅にたどり着いていた。」
「探しても見つからなかった駅がそこにあり、慌てて寝ている娘を抱いて降りると電車はドアを閉めて走り去って行った。」
「駅舎内の埃のかぶったパンフレットを眺めて疑問に感じた私は、周辺を詳しく調査することにした。」
「駅舎内の椅子に娘を寝かせ、駅周辺にあった民家としばらく先にある祠を調べた。
「村はさらに先にあるようだが日が暮れそうだったので駅舎近くの民家へと戻ることとした。」
「戻った私は、早速状況整理に入った。」
「長洲森駅の噂を調べるにあたり一番の問題点であった場所について、現在その存在を確認している。」
「確かに長洲森駅がこの地域にあることは調べることで分かっていたが、誰も長洲森駅にたどり着けなかったのである。」
「ましてや帰路の方面とは逆方向にあるはずの長洲森駅に、帰路途中にたどりつくとは思ってもいなかった。」
「また、寝ていて気がつくと長洲森駅についていたという噂からも、ここにたどり着くためには電車内で寝ることが条件の一つになっている可能性がある。」
なるほど、自分と同じだ。
電車内で寝ていたらこの長洲森駅にたどりついていた。
もう一ページめくり次の項目を読んでみる。
「長洲森駅からの脱出方法についての考察」
「長洲森駅に迷い込んでしまったという青年の話によれば、朝にくる電車に乗ったら普通に帰ってこれたと言う。」
「青年は終電もないからと駅舎内で一晩を過ごし、起きた時に来た電車に乗って帰ってきたのだ。」
「後に長洲森駅と言う駅がないことを知るまでは普通の出来事だと思っていたようだ。」
「私も娘を家に帰らせるべく、駅舎へ向かい朝の電車を待つことにした。」
ここからは殴り書きになっている。
「やばい奴がいる」
「ただ逃げるしかない」
「朝まで逃げ切らなければ......」
ページをめくる。
「魂鬼についてメモ」
「宗教学研究で魂鬼という文献を見たことある。奴の容姿や状況から考えて奴を魂鬼と推測」
「魂鬼は魂を食い肉体を奪って人のふりをする霊体である」
「奴は駅舎内に入ってこない?」
「娘だけは守る。なんとしても」
「朝まで逃げ切り、必ず娘と一緒にここを脱出する」
最後にそう書かれており、次のページは空白だった。
なんだかオカルト小説を読み終わった後のような妙な感覚がある。
「これはあきちゃんのお父さんが書いたものなの?」
「そうだよ。お父さんは学者さんなの!」
「何を研究していたの?」
「けんきゅー? よくわからないけど、しゅーきょーのお仕事って言ってた。」
あきちゃんのお父さんに会えばこの状況をなんとかできるかもしれない。
「お父さんはどこに行ったの?」
しばらくの沈黙の後、あきちゃんは口をひらく
「あきを置いて、電車に乗って行っちゃった。」
「え?」
「だからね、待ってるの。迎えにきてくれるの。約束したから。」
「そうだったのか......」
「だからね......ずっと待ってる。待ってるけど...... お父さんに会いたい。」
徐々にあきちゃんの目が潤んで行く。
「早く迎えにきて......お父さん」
やがて大粒の涙が目から溢れてくる。
「う...うわあああああああああああん」
しがみついて泣くあきちゃんの涙がシャツにしみてお腹のあたりが暖かく、そして冷たく感じた。




