間話 王都の密偵
私の名前はユリム=マール。この大陸最大の規模を誇る王都、”メルクルド王国”の密偵として日々、情報収集に勤しんでいます。
私が密偵として王都に雇われたのは、ここ2~3年の話です。私は元々冒険者として活動していましたが、いつの頃からか自分の限界に気付き、このまま冒険者として続けるかどうか悩んでいた時の事。
冒険者時代に知り合った王都で勤めている友人から、「ならお前もうちに来るか?」という誘いを受け、私はそれを受けることにしたのです。
元々、冒険者の時から最前線で戦うような役目ではなく、支援が主な仕事だった私に情報収集という仕事は向いており、この密偵という職業にすぐ順応することが出来ました。
しかし私の仕事上、素性を明かすわけにはいかず今でも普段は冒険者として振る舞っています。……そんな秘密を抱える私に恋人はおらず、もう25にもなるのにいまだに独り身……
「はぁ、ミルが結婚……」
また友達が一人結婚したという話を聞き、思わず嘆息する。
「私は何をやってるのでしょう……久しぶりに会う友達からは幸せな話しか聞かないのに、私に来るのは仕事の話だけ……」
はぁ、と本日何回目かも分からない溜息を吐く。
うぅ、一体どこで間違えたのでしょうか?確かに密偵としていろいろ暗躍してますけど、私だって一人の女の子です。恋人の一人くらい居てもいい筈なのに……
それどころか最近は良い人の話どころか、危ない情報しか耳にしません。魔族との戦争が間近とか、同盟している筈の国に裏切りの色が見えるとか……不穏な話ばかりです。
そして私に与えられた次の任務。
「逢魔の谷の調査、そして山賊達の動向の確認ですか」
逢魔の谷というのは王都から見て南の方角にある深い谷の事です。その名の通り危険な魔物が多数確認されており、冒険者でもA級クラスの実力が無ければと足を踏み入れることが出来ないとまで言われる程に危険な場所。
しかし、希少な鉱石が取れることや良い武器を作る素材になる魔物が出現することもあり、挑戦する人は後を絶ちません。……今から少し前までは。
任務にもあった山賊達。彼らが谷に行くために通らなくてはならない森を拠点に活動し始めたのです。
普通はA級クラスの冒険者ともなると山賊程度に負けるはずがないのですが、今、森を占拠している山賊はただの山賊ではありませんでした。
一つはその実力です。少し前にA級冒険者のパーティー達が討伐に挑みましたが、結果は全滅。パーティーのほとんどが重症で、一部では死者もでました。彼らの証言によると今までの山賊とは違い、まるで一国の軍隊のように統率がとれていたという話です。
さらに厄介なのが彼らの背後にいる者。冒険者達の証言や私たち密偵が調べたところ、彼らの持つ武器や防具は、一介の山賊にはとても揃えられないような高価な物ばかり。明らかに何者かが背後で糸を引いていることは間違いありませんでした。
そしてその戦いの後、山賊達は王都に対して同盟の話を持ってきました。その内容は自分たちの根城である森の自治、さらに逢魔の谷の封鎖を求めてきたのです。当然そんな同盟に納得できるはずはありません。ですがA級冒険者たちが敗北したという事実、そして魔族との戦争が間近であり戦力をこれ以上失う訳にはいかないという事で、公には同盟という事実を伏せ、密約という形を取りました。もちろんこの情報は私たちのような諜報部隊や国の上層部しか知らない事です。
そういった事もあり、逢魔の谷に足を踏み入れる人間などいなくなりました。私たち密偵以外は……
「今回の任務も危険ですね……でも早く彼らの正体を突き止めないと、本当に取り返しのつかないことなるかも……」
早く元の平和な王都に戻ってもらわないと、戦争に発展するかもしれない、そして私の未来の旦那までいなくなってしまいます!!
そんなことは絶対許しません!!
「今回も頑張りますか!!」
そう気合を入れて仕事に出かけたのが今から一日前。そして現在――
「……なんで魔物が1匹もいないの?」
ユリムは逢魔の谷にいた。しかし、ユリムの頭は疑問で一杯だった。
……いつもなら魔物の1匹や2匹いてもおかしくはないのに、今日はまだ一匹も遭遇しないなんて……
「……取りあえず、調査を続けましょうか」
そういい前へ進もうとした時、どこからか地響きのような音が聞こえた。
「何の音?」
地震?それにしては小規模ね。……もしかすると
だとすれば見逃すわけにはいけない。そう思い、その音のする方へと足を向け、見つからないように歩き始めた。
「ここね……」
音の発生場所、うっすらと光を放っている洞窟のような所の入口へとユリムは辿り着いた。
「一体ここで何を?」
地響きのような音に加え、時折人の声が聞こえることから間違いなくここで何かしてるのだと確信し、どうするかを考える。
……一度、戻った方がいいかな?……いや危険かもしれないけどここは私1人で調べないと……それに見過ごすわけには行かないわ!私の未来の旦那様のために!
下心丸出しの覚悟を決め、ユリムは慎重に洞窟へと足を進めた。
だが、そんなユリムに待っていたのは、絶望そのものだった。
「「「「「「キシャアアアアア!!!!」」」」」」
……え、なに……これ……
目の前でサソリのような魔物が6匹、雄叫びを上げていた。そして幸か不幸かユリムはその魔物を知っていた。
「ヴァジュルジュビア……」
ヴァジュルジュビア、それは熟練の冒険者でも注意しなければならない程の危険な生物。身に纏う水晶は魔法を通さず、普通の剣なら折れてしまうほどの強度を持つこの逢魔の谷の主と呼ばれる魔物なのだ。
「いやああああああ!!!」
そんな魔物が6匹も私の目の前に現れ、あまりの恐怖にユリムの身体は硬直し、ただ叫ぶ事しかできずにいた。怖い、殺される。そんな感情がユリムを支配し、動けなくしていた。
嘘……なんでこんなにいるの……いや……逃げなくちゃ……でも……動かないよ……やだ……死にたくない……
「危なーー!!」
……あぁ……なんか声が聞こえる……もしかして死んだ人の声かな……私……死ぬのかな……まだ恋人もいないのに……
目をつぶり死を覚悟する。頭に浮かぶのは今までの人生。冒険者時代の出来事や恋人が欲しいと言っていた時の事まで。
「……いやだよぉ」
そう小さく呟いた時、目の前にまで迫っていたヴァジュルジュビアが突如真横へと吹き飛ばされた。
……え?
どうして?何故?目の前の状況に全く頭が付いて行かず、ただただ困惑していた。
……生きてる……なんで……誰かが助けてくれた
「おーい、もしもーし」
その声にはっと目を見開き、硬直から解放された。
もしかして王子様が助けてくれたのかも……
そんな思いすら抱かせる状況にユリムは希望を抱き、上を見上げる。
しかし、訪れたのはさらなる絶望だった。
なぜならそれは血まみれになった男が不気味な笑みを浮かべながらこちらへと手を伸ばす光景だったから。
「ひぅ!」
私が最後に見た光景、それは白馬の王子様ではなく、不思議そうに首を傾げる、魔王の姿だった。
申し訳ありません。本日二話投稿の予定ですが、なろうのアクセスエラーの件もあり、まだ完成しておりませんので、二話目は明日、9月5日の火曜日に投稿いたします。




