第三話 力の片鱗
「馬鹿野郎、何逃がしてんだ!!兄貴になんて説明するんだよ!!」
「すまねえ……少し狙いが甘かったみてえだ…」
「まあそう心配することもねえだろ。捕えることは出来なかったが、あの谷に落ちたんだ。生きてるはずがねえ。……仮に生きていても……結果は同じだ」
「……ま、それもそうか。あそこは死の世界、生き残る可能性なんて存在しねえか」
「そういうこった。……さあ、とっとと引き上げるぞ。兄貴に報告しねえと」
男達は目の前に広がる暗闇を一瞥し、踵を返して元の道を戻っていった。
「……う…ん……っ!?」
バッと勢いよく起き上がる。特に目立った外傷もなく、とても谷に落ちたとは思えない。
「……もしかしてまた戻ってきちゃった?」
いや、あそことは雰囲気が違う。あそこはもっと…なんというか、世界から隔離されているような感じがした。
「でも生きてるとしたら……なんで……?」
上を見上げるがその視線の先に光は無い。それは間違いなく自分はあの光の届かないところから落ちてきたのだということを物語っていた。
「傷一つないっていうのもどういうことかな?」
そう口には出したが、理由はなんとなく分かっていた。
間違いなくあの少女が言っていた武器、すなわち能力だろう。そうでなければ説明がつかない。
確かにこの世界は異世界で、自分が今まで暮らしていた世界とはいろいろ違う点はあるだろう。だが落下した時の浮遊感から重力という概念が存在することは間違いない。あれほどの高所から落下すれば確実に死ぬ。
何の能力なのかなぁ。空を飛べるみたいな感じかな?でもそれだったら最初から落ちたりしないか。
……うーん、全く見当もつかないなぁ。さっきみたいな事もあるし…どんな能力なのか把握しておかなくちゃいけないんだけど……
「なにか使うための条件みたいなのもあるのかな?」
あの落ちた時ってどんな状況だったかな……確かあの山賊みたいな人達に追い付かれて、後ろの方で突然爆発が起こったかと思ったらあの谷に投げ出されて、それから……駄目だ思い出せない。そこからは気絶しちゃったのか…
「まあいずれ分かるだろうし、ゆっくりでいいかな」
それより現状の確認だね。どうにかしてここから出ないと。
辺りは薄暗く前が見えないという程ではないが、それでも十分暗闇と呼べる世界だった。
「まったく、どこへ来てもいつも僕は暗闇の中を歩いてるなぁ」
そう自嘲気味に笑いつつ、維織は闇の中へと歩を進めた。
「なんだあれ?……光?」
二十分程歩いた時だろうか。うっすらと光のようなものが目に入った。
もしかして出口かな?
そう期待を込めて歩調を上げ、光の方へと進む。
「……すごいねこれは……」
そこは今までのような薄暗く狭い道ではなく、青白い光に包まれた大広間のような場所だった。
そして青白い光の正体、それはこの空間を構成している水晶の光。煌々と放つその光は全てを魅了する魔性の色を放ち、維織の心を奪っていた。
この世のものとは思えないほど幻想的な空間。
しかし物事には全て二面性が存在する。
光には闇が、表には裏が、そして美しさには危険が伴う。
意識の覚醒を促したのはかすかに聞こえた音だった。
「……なんの音?」
美しさに奪われた感覚を引き戻し、注意して耳を澄ませると、どこからか地震のような音が聞こえ始めていた。
…ゴゴ…ゴゴゴ…
「地震?でもそんなに揺れてな――」
その言葉が紡がれる前に――
「ガハッ!?」
維織の左肩は貫かれ、大きく穴が空いていた。
「あ、ああああああああああああ!!!!!!!!」
痛い!痛い!!痛い!!!なんだ何が起こった!?
「な……にが……」
左肩から発せられる痛みに歯を食いしばり、状況を確認しようとする。
だが目の前にある現実は到底理解できないものだった。
「ギィシャアアアアアアア!!!!!!!」
一見するとそれは巨大なサソリだった。大きさは6メートル程で、全身がこの空間を彩る水晶に覆われており黒光りの全身を保護するように纏っていた。
「なんだよ……!こいつ……!!」
全力で逃げろ!!頭からそんな命令が出るが、痛みと恐怖によって維織の体は思うように動くことが出来ず、這いつくばる事しか出来なかった。
しかし追い打ちかのように、目の前の怪物は維織の体を尻尾で持ち上げ、地面へと叩きつけた。
「ギィシャッシャッシャアア!!!」
まるで楽しんでいるかのように維織を嬲るその姿は、まさに化物だった。
朦朧とする意識の中、維織は思う。
……僕はまた負けるの?
……僕はまた奪われるの?
……僕はまた敗者になるの?
プチッ
その時、維織の中で何かが切れたような音がした。
「…ふざけんな…ふざけんな…ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな、ふざけんなァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」
「ギィ!?」
咆哮と同時に維織を抑えていた尻尾は千切れ、怪物はたじろいた。
怪物は思う。何故こいつはまだ抵抗する?何故自分の尻尾は千切れている?何故、絶対的強者である自分がこれ程までに怯えている!?
怪物は困惑していた。今にも死にそうな矮小な人間如きに何故自分が恐怖しているのかが理解出来なかった。
「また負ける!?ふざけるな!!!負け続けの人生が嫌だからここへ来た!!そのための力を貰った!!!もうこっちでは勝つ以外の道なんざ存在しねえんだよ!!!」
その激と共に維織は足元の水晶を拾い怪物へ投げつけ、大声で叫んだ。
「力ってものがあるんだったら!!僕に寄越せ!!!あの化物を殺せる力を寄越せェェェェ!!!!!!」
瞬間、投げた水晶は視認すら出来ない速度で怪物へと進み、身に纏う水晶を貫き、体の一部を吹き飛ばした。
「ギィィィ!?」
「まだまだァァァァァァ!!!」
次々と水晶を目の前の化物に投げる維織。
反撃すら許さないその一方的な攻撃は、二人の関係、すなわち弱者と強者の立場が入れ替わったことを表していた。
怪物は理解する。
絶対的強者としての自分が初めて感じる感情の正体を。
そうかこれが、恐怖なのか――
投げつける水晶が無くなり、一方的な蹂躙が終わる頃、怪物は恐怖と疑問に支配されたまま、粉々になり息絶えていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……やった……のか……?」
肩で息をしながら怪物だったものを見る、原型すらないその姿は間違いなく死んでいた。
「やった……痛っつ!!!」
大穴の開いた肩から激痛が走り、地面へと崩れ落ちる。視界が朦朧とし今にも倒れそうな時、
『討伐を確認。速度操作レベル2解放します』
脳内に響き渡るその声を聞き、維織はうっすら笑みを浮かべ、
「……遅いよ……全く……ああ……また……気絶……か……」
そう自嘲気味に呟いた後、維織は再びその意識を手放した。
次話は8月25日の木曜日に投稿します




