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最果てより、愛をこめて。  作者: すの
第十五章:決戦
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81話 砲撃


 ジュリアンは、異常なほど鮮明に死の先触れを捉えていた。


 まず、前方。

 地表を這うように漂っていた黒霧の残滓が、不可視の圧力に圧し潰されて円形に弾け飛ぶ。

 次いで、今立っている要塞兵器に激しい衝撃が走った。

 鉄の屋上は、まるでスローモーションの映像のように歪み始める。

 精密に計算された砲弾が、その重厚な装甲を破壊していく。


 一発、二発。

 鉄が飴細工のようにひしゃげ、内部の蒸気機関が断末魔を上げるより早く、巨大な鉄塊が内側から膨れ上がる。

 三発目が三階部分――ジュリアン達がいる場所――を直撃した瞬間。

 ジュリアンは、爆炎が毒々しい花を次々に咲かせていくのを見た。


 瓦礫の一片一片が、意思を持った散弾となってジュリアンへと降り注ぐ。


「――ッ゛」


 ――逃げろ!!


 脳が叫ぶ。

 しかしこれまで獣の速度で戦場を駆けてきた脚が、今は粘りつく泥の中にいるかのように重い。


 地面が波打ち、上下の感覚が霧散する。

 踏み出した足は、瓦解する鉄板に裏切られた。


 背後から迫る熱波が、ジュリアンの体を木の葉のように宙へ弾き飛ばす。

 視界がぐるりと回転し、逆さまになった世界で――


 朝日に照らされた北の山嶺だけがひどく遠く、静止して見えた。


 咄嗟に手を伸ばそうとした直後、逃れようのない重力と加速が彼を襲う。

 鈍い衝撃と共に、背中に叩きつけられたのは硬い瓦礫の角か、あるいはかつての仲間の残骸か。

 肺の中の酸素がすべて強制的に押し出され、視界は瞬時に、熱くて昏い赤に塗りつぶされた……。


………

……

…


「――ッ!? ッ゛?!」


 どうなっている。

 うつ伏せだった。ほぼ全身が瓦礫に押し潰されている。

 砲撃はまだ続いていた。


 瓦礫の下で意識を繋ぎ止めたのは、肩の奥で唸る狼(ワルグ)の鼓動。


「ガフッ、カハッ……ッ、……ッ゛!!」


 粘度の高い血を吐き出し、ジュリアンは己の喉を震わせた。

 身を粉にし、人間を辞め、王国にすべてを捧げてきた。

 その代償として降り注いだのは、感謝の言葉でも褒章でもなく、頭上を埋め尽くす鉄の雨だった。


「ハッ、はぁ゛、クソッ、クソッ!!」 


 激痛に霞む視界。損傷した眼球の裏に、焼け付くような熱が走る。

 しかし、ジュリアンは痛む瞳だけで周囲を見渡した。


 仲間は、どこだ。

 無事なのだろうか?

 土埃と瓦礫で良く見えない。

 爆発音がひどくて悲鳴すら聞こえない。


「――ッヴ、ぐぅぅ……ッ!!」


 大きな振動のあと、締め付けられるように瓦礫が重くなった。

 急がなければ、このまま……。

 石の鼓動はさらに激しく共鳴する。

 

「……分かっている……ッ゛、連れて行ってやる、」

 

 ジュリアンは支給以来手つかずだった特濃の活性剤を掴んだ。金属の縁に針を沈める。

 ポンプに指を掛ける直前。目を閉じる。


 もう二度と――戻れないかもしれない。

 それでも。


「力を、貸してくれ」


 薬剤を叩き込む。

 痛みが弾け、代わりに膨大な熱が四肢を駆け巡った。


「――あ゛あ゛、あ゛ぁ゛ッ!」


 鉄の瓦礫を押し上げるたび、千切れかける筋肉がブチブチと悲鳴を上げた。

 ここで力を抜いたら、隙間が崩れる。その確信に従って、腕を前へ。

 足先にも力を込めて、なんとか這い出ようと歯を食いしばる。


 傷ついた眼球の裏には、愛する人の幻覚。


『――リアン様』


 帰るんだ、故郷へ。

 

 前へ手を伸ばす。グルル、と獣の息が漏れる。

 剥き出しの犬歯で、縋り付くように、あるいはうわごとのように愛する人の名前を呼ぶ。

 爪の剥がれ落ちた指で土を掴む。

 ――あと、数センチ。

 

 遂に、腰が瓦礫の隙間から抜けそうな所まで来ていた。


 ジュリアンの瞳に一筋の光が差し込む。


 その光を掴もうと、ジュリアンが渾身の力を込めた、その時。


 上空から飛来した一塊の礫が、放物線を描いて彼の後頭部へと吸い込まれた。

 

 衝撃は、音すら伴わない。

 ただ世界が不意に、その色を失っていく。

 

 張り詰めていた神経が、あっけなく途切れた。

 指先から力が抜け、掴みかけていた重油まみれの土が、ぼろぼろと掌からこぼれ落ちていく。

 

 「あ……」

 

 言葉にならない吐息が、土埃に消えた。

 鼓動が遠のいていく。


 戦火の喧騒も、石の囁きも、今はもう届かない。



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