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最果てより、愛をこめて。  作者: すの
第二章:彩雲糸
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8話 商業都市


 商業都市コンメルタス。その始まりは石くれを金に変える錬金術成功の噂からだという――。

 後世において生成された金色の石は本物の金ではなかったと証明されることになるが、噂であろうと(かね)の渦巻くところには人が集まり、同時にありとあらゆる商品も流れ込んできて……それから今日まで首都に続くオルド川と同じように、滞ることなく資産も技術も成長と発展を続けているのだとか。


 アデレナ姉さまが用意した迎えである二頭引きの馬車に乗り込み、初日はほとんど下山に費やされた。

 夕暮れが夜に変わる寸前に宿泊予定の町に辿り着き、翌日は日が昇るのと同時に出発する。

 轍でもってそれが道であると分かるような森の中を半日かけて抜けると、一気に視界がひらけた。

 見渡す限りの草原地帯があって――晴れていたから、その草原の若緑と青空のコントラストにはお尻の痛みを忘れるほど感動する。


 関所を一つ通過すると、そこからは石畳になっていて、馬車の中の振動が森の中と比べ物にならないほど滑らかになった。

 思わず窓を開け、身を乗り出して道を追っていくと……やっと商業都市コンメルタスが見渡せて――。


 けれども、ここからがまた長い。

 見渡せる、ということはまだ標高が高く遠くにいる証。

 わたしは馬車の窓に張り付いたまま景色が変わるのを待ち焦がれてソワソワしていたけれど……結局。市門を超えて都市の中に入れたのは、空が濃紺に染まる時刻だった。


 街の中道を行き交い、すれ違う馬車が途切れない。

 大叔母様の屋敷で行ったデビュタントの時に訪れた――私にとっての大都市、実際は少し大きな街――エーデルよりも明るくにぎやかで、とにかく人であふれている。

 我が領で明かりと言えば松明か蝋燭、いずれにしても光源は燃えているものだけれど、この石畳の道を照らすのは見たことのない輝石。

 背の高い鉄棒の先、ガラスでできた小箱の中で拳大の石が堂々と――そして道が続く限り等間隔に光っては夜の暗闇を追い払っていた。

 王国の『魔法へ至るための錬金術』はここまで発展していたのかと驚いて、身を乗り出して窓に張り付いてしまう。


 宙に浮きながら、絶えず水を吐き出しているように見える石――噴水だ。実物は初めて見た。

 馬車の窓枠に嵌め込まれた宝石と同じデザインのものが、石畳の道に面したあらゆる建物の窓に等しくついているのを発見した。

 恥を忍んで小窓を開き御者に聞けば、それは空間の温度調節を行う宝石なのだという――「賢者の石」なる至高を目指す過程で生まれた、失敗作たちの応用製品なのだとか。


 ふと視線を戻せば、店先に人が集まっている。

 なにかと思えば何かの実演販売で……看板には「数日分の疲労を一瞬で消す、命の果実水!!」とある。

 その琥珀色を実際にあおった男性は、少し震えたのち、いかにも重そうな鉄球で軽々とお手玉を披露していた……。

 感嘆の吐息を漏らせば、曇った窓ガラスに両手の痕が付いていて、一気に恥ずかしくなる。

 それでも、油断をすればおでこは窓に吸い寄せられていく――。


 はしたなくもキョロキョロし続けていると、とある建物の前で馬車が止まり、御者に導かれて降りる。

 白亜の――城としか言いようがない大きさ。ここは姉さまの、ベネディ家の屋敷――なのだろうか?

 城ほどの大きさなのに表から色々な身なりの人が出入りしていて、誰かの家というイメージが薄い。

 なにより、エントランスホールだけで一体いくつの明かりを使っているのだろう。

 もうすっかり夜だというのに、頭の奥が痛くなるほど眩しい。


「アデレナ様はこちらでお待ちです」


 絨毯の床を踏みしめ、案内されるまま。連れてこられた部屋の扉は木製なのによく磨かれ、艶々と美しかった。

 メイドに変わり、側についていた護衛――結局領地から、馬を扱える警備隊の一人を付けさせてしまった――から雪糸の入ったトランクを受け取って、そのまま部屋の外で待てと指示をする。

 御者がノックをし、中にわたしの到着を報告する。返事はあったのか、わたしには聞こえなかったけれど……御者は一つ頷いて、扉を開けた。


 ソファーから立ち上がったところの姉さまの微笑みが見える。

 わたしは片足を半歩下げ、ドレスの裾を摘まんで、


「アデレナ姉さま、この度はお招きいただき、参上いたしました。ご無沙汰、」

「アナスタシア!! 待っていたわ! 旅は辛くなかったかしら? 少し痩せたんじゃない? あぁ、本当に久しぶりね!」


 わずかに緊張しながら、それでも姉さま仕込みの――姉さまは社交という〝ゲーム〟にずっと夢中な人だから、わたしの礼儀作法はお母様よりも優雅な姉さま仕込みだ――完璧なカーテシーで挨拶をすれば、顔を上げる前にがっしりと抱き着かれて少しよろめく。

 姉さまもカーテシーで挨拶を返す場面なのに、相変わらずの破天荒。けれど優雅さは全く失われていないし、なにより素直に嬉しくなってしまうのだから、この人には敵わない。


「姉さまは、お変わりなく、ぅ、」


 手紙と同じ匂い。頬に触れた髪が柔らかくて、幼い時に一緒に寝ていた時のことを刹那的に思い出す――けれど、意図的か無自覚か、背が反るほどの全力抱擁に、わたしは息が苦しくなって……。


「は、ゔ、ぁ゛の゛、こ、コルセット苦しいので、それいじょ、ぉ、苦し、」

「は、これだけしか閉まっていないのに〝苦しい〟?あなた、嫁ぎ先であまり閉めてなかったのでしょう。はぁ、ヴァルデリウス家でよくして(・・・・)貰っているのは本当のようね」

「そ、……うぅ……」

「……ほら、俯かない。ちゃんと背を伸ばしなさい」

「は、……はい」

「ん。良し。シャンとしていれば可愛いんだから」


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