69話 提案
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次の日から、わたしはさっそく彩雲糸を紡げる糸車セットをもう一組、衝立の奥へ用意した。
畑にて作業している人員を調整し、ローテーションで毎日一人ずつ彩雲糸の作り方を教える。
とはいえ、基本は雪糸と同じ。教えるべきことは、「熱源が近いから、わたしのこの手のようにならないように十分注意すること」ぐらいのもの。
この調子なら一か月で全員が一先ず彩雲糸を紡げるようになりそうだった。
二年間隠し続けた秘密を、村の女性たちへ共有していく。
「あなたが一番筋がいいですね」
そう囁くだけで、若手は目を輝かせ、年配の職人も頬をほんのり赤く染めて糸車へ向かう。
……けれど、そこで問題が発生した。
小さな薪ストーブを二台にしただけで、衝立の内側は息苦しいほど暑くなった。夢中で糸を紡ぐあまり倒れかける者も出て、こまめな水分補給が欠かせなくなる。
ふと、少し離れてその光景を眺めてみる。
糸車一台につき、薪ストーブが一台。それはあまりに非効率に見えた。
姉さまは次の納品時にさらに糸車を送ってくださる。その全てに専用のストーブを用意するなど、薪がいくらあっても足りないだろう。
必要なのは熱ではなく蒸気だけだ。
ならば離れた場所で湯を沸かし、蒸気だけを管で手元まで運べないだろうか。
――蒸気だけを、手元に。
名案な気がするけれど、果たしてそんな都合のいいことが可能なのか。
新しい金具の件も合わせて、ガウスさんに相談しに行かなければ。
忙しいことが、少しだけ嬉しかった。
直視するべき不安の溝をぼやけさせるから。
わたしが諸々を相談しにガウスさんの所を訪ねれば、彼は「ああ、そンならな……」とすぐに頭の中の設計図を向き合う、ぼんやりした顔になった。
けれどもこれは、水車式かせ上げ機の時のように好きにやらせることは出来ない。
一度で正解を出す気はなく、これからも改良をするのだろうけれど、それでも糸車と作業者、その動線について相談しながら決めていくことになる。
ぼんやりしたイメージの中の『蒸気が通る筒』の材料だって用意しないといけないかも。
「ガウスさん、簡単で良いので設計図を共有してください。必要な材料をリストにしていただければわたしが用意します」
「ああ、ん。分かったよ奥様。えー、俺がいま考えてんのはだな……」
自宅兼加工場のようなガウスさんの家。
彼はその辺に落ちていた平たい木板を目の前に二枚並べた。
加工物に印が打てるように細く整えられた木炭を使って、簡単な箱と線の設計図を描いていく。
工房に置いてある一番大きな薪ストーブを使うとして。筒は五本伸ばすと仮定する。
蒸気を送り届けられる筒の長さの限界値――筒の細さや熱源の力によるけれど――作業者の動線はどうなるだろう? ――水桶の位置はここだから、ここにパイプが通るのは良くないかもしれない……。
「例えば、こう……壁沿いの熱源から一度上へ。アーチを描いて上から作業者の手元に蒸気の筒を伸ばす、というのは?」
「んー、悪くない。だがアーチはダメだな。上で水に戻ったのがここの両端に溜まっちまう」
「?、なにがいけないのですか?」
「えー、と。要するに手元の金具から熱湯が出る可能性がある。だから、こうだ」
わたしが書いたアーチを、ガウスさんが書き直す。一度上までまっすぐ伸びて、そこから手元付近まで斜めに降りるような。
それからわたしが書いた糸車の絵の付近で、その線が二股に分かれる。一方は手元からさらに下、床付近まで伸びていく……。
「こうすると、熱湯――こういうのは『ドレン』って言うんだがな。それがこっちの、床の方に溜まる。一日の終わりに、ここから水を抜くんだわ」
「なる、ほど……」
疑っていないけれど、どうにも想像がつかずにポカンとした顔で頷いてしまう。
ガウスさんにも『分かっていない』ことが丸分かりだったのだろう。
灰色の瞳を悪戯っぽく弓なりにして。
「まぁ、こういうのはな。見ねぇと分からんよな。でも安心してくれ。絶対こうなるからよ」
「……そういえば……何も考えずに頼ってしまいましたが、どうしてこんなに詳しいのですか?」
新しい設備――道具を作ってもらうとして、この村の道具番ガウスさんを訪ねた。でも、この村に蒸気で動く機械などはない。
わたしが、やはりポカンとした顔でそう問いかけると、ガウスさんは薄く微笑んで遠くを見る瞳になった。手元の木炭でコツコツ、と板を叩いて、それから。
「……昔――そうだな、時期としては、大奥様が王国に還られて……相次いで馬も死んで、寒すぎる冬と暑すぎる夏が来て作物が全部ダメになって……って、この村がどうしようもなく食えなかった頃にな。数年ほど、南の大きな町の工場へ出稼ぎに行ってた。そこじゃあ、こんなデッカい鉄の釜で一日中湯を沸かして、その蒸気で機械を回しててな」
こーんなデッカい、とガウスさんが両手を広げる。
わたしは少し驚いたような表情をしながら、ガウスさんが言った〝昔〟――恐らく二十三年前の大寒波に見舞われた領地の状態を思い浮かべていた。
お義父様はもう少し若く、エドワード様は物心つくかという頃。そんな中で子供のリアン様は――母を失い、貧しく、寒い――わたしが予想するよりもずっと厳しい幼少期を過ごされたのではないだろうか。
ガウスさんの話は続く。
「昔、南の工場へ出稼ぎに行ってた。でっけぇ釜で一日中湯を沸かして、その蒸気で機械を回してたんだ。熱くて、怒鳴られて、毎日必死だった。今でも夢に見るくらいにな」
「そんなことがあったのですね」
「だから奥様の話は分かる。古いやり方かもしれんが、作れるぞ」
「心強いです。ありがとうございます」
「なぁん。まだまだこれからだ。……さて必要な材料だがね、薪ストーブは、壊れてるがデカいのが奥に一台あるんだ。これに水入れをくっ付けて、直して使うわ」
「はい」
「だから、必要なのは配管と、あと……」
蒸気を出したり止めたりするためのバルブ、ドレン排出用の蛇口。圧力の上がりすぎを知らせる笛付き安全弁。諸々の計器。
必要量を計算して……と、その途中で、いつまでに作業が完了するかについてやっと思いついた。
すかさず、うむうむと必要なものを数えているガウスさんに問いかける。
「材料がすべて揃っているとして、何日あれば設置までできますか?」
「ん、んー。そうだなぁ、問題はここの筒だ。ここだけは現場で角度と径を合わせて作らにゃいかん……。とはいえ溶接を含めた加工はここで出来るし……うーん、多目に見て三週間、てところか?」
「なるほど、なるほど……」
顎に指をあてて深く思考する。
もうすぐ夏の納品だ。その時にゴドウィンさんにこの材料をなるべく早く揃えてもらうようにお願いして、秋の納品までに設備が完成できるだろうか。
ガウスさんの代わりに警備隊に人を出さなければ。となると、ローテーションは一時ストップか。
人間関係の摩擦の少ないタイミングできりあげないと。小さなことでも知識の差は大きな格差となる……。
「ガウスさん、あとで紙とペンを持ってきますから、この図面を出来るだけ分かりやすく書き直していただけますか」
「ん。構わねぇよ」
「筒の距離とバルブの数、蛇口の数なども書き込んでくれると助かります。ほか、作業に必要なものも」
「俺ァいいけどよ。奥様、結構な量になるぞ。その、色々と大丈夫なんか? あのスープは、奥様の個人のお金で作ってたんだろ。こんな大掛かりなん、結構掛かると思うがね」
「必要なものはすべて揃えます。加工賃もお支払いします。ですから、よろしくお願いします。――この村の次の時代は、ガウスさんの腕にかかっています」
机の上に白い手を揃えてそう宣言すると、ガウスさんは片眉をひょこりと上げて――悪戯を思いついた子供のような顔をした。
「おお、そりゃあ、責任重大だな。でもやりがいがあるわい。このガウス、精一杯頑張らせていただきます。奥様」
「ええ、よろしくね。では、紙とペンを持ってきます」




