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最果てより、愛をこめて。  作者: すの
第十一章:眠り
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60話 三人寄れば


「こんにちは――あれ、」


 数日後のことだった。いつも通りゲルダお婆さんの家に訪ねていくと、ベッドはもぬけの殻。

 手前の小さな机に、紙切れが一枚乗っていて、そこには。


〝ロッタ いえ いく〟


 震える手で一生懸命書いたのだと分かるようなメッセージ。

 同じ村の中で、大した距離ではないけれど……昨日まで寝たきりだったのに。

 

 ……え、――この雪道を?!

 一気に心配になって、慌ててロッタ家に向かう。


「ロッタさん、こんにちは、アナスタシアです」


 ノックをしながら扉を開ける。

 すると――ベッドのところにはエルナさんも集まって、三人揃って腰掛けていた。


「――あ、皆さんお揃いで、」

「ああ、ちょっとは歩かないと関節まで凍りついちまうからね」


 と膝を叩いて笑うのはゲルダさん。


「奥様も三軒回るよりこの方が良いだろうと思って」


 ロッタさんを挟んだ隣でエルナさんが手を挙げる。


「それは、はい。でも……道中、大丈夫でしたか」

「道中って、この村に何十年いると思ってんだい」


 ゲルダさんとエルナさんが、ガハハと笑う。

 ああ、こういうの、いいなぁ。

 ささくれた心がゆっくりと凪いでいく。


「そうですが――そうだ、ロッタさん、あの机と椅子をお借りしても?」

「ん、なぁに?」

「机と椅子だって、良いだろう?」

「ええ、いいわよ」


 少し離れたところにある机と椅子を運び、ベッドに腰掛ける三人にスープを手渡した。

 向かい合う形でわたしも座り、スープを掬う。


 コツン、カツン、と木製のお皿でスープを啜る静かな時間が流れたあと。

 エルナさんは空になった木の器を両手で握りしめながら、ぽつんと呟いた。


「奥様。いつもありがとうね」

「えっ」


 わたしは危うく匙を落としそうになった。

 ゲルダさんも、いつでも険しい顔を僅かに和らげて。


「そうさ。あんたはよくやってる。な、ロッタもそう思うだろう」

「ええ。お貴族様みたい」

「き、急にどうしたのですか。嬉しいですけれど……」


 一気に頬が熱くなった。ああ、はしたない。スープのせいだって、ごまかせるかしら。

 

「工房の皆もね、悪気があるわけじゃないんだよ」

「そうさ。皆このスープに救われてるんだから」


 工房の皆はもう文句を言わない。

 それでも、冷たい視線だけは残っていた。


 悪気がないことも分かっている。


 心も体も飢えた今は、誰かのせいにしなければ耐えられない。


 それは巡り巡って食料を用意できないわたしのせいでもあるし、更に巡れば戦争のせいでもある。

 だから、仕方のないこと。


「、はい。分かっています……」

「春になって――いつか戦争が終わったら、また変わる。その時、あいつらを嫌いにならないでおくれ」


 ゲルダさんが、いつになく穏やかな声で顔を傾けた。

 わたしは、弾かれたように背を正して。


「そっそんな。いつだって、皆愛する領民です。今の状態は確かに、少しだけ、苦しいですが……嫌いになんてなりません」


 この土地は厳しいことも多いけれど、景色は美しく荘厳だし、憲兵隊がここの存在を忘れるほど――罪を犯す人も滅多にいない。


 それに、わたしの愛する人が愛するものでもあった。

 だから、わたしはこの土地の何もかもを愛している。


 けれど眼の前のゲルダさんは嫌な虫を見たときのような、ウエッと言わんばかりの表情をして。エルナさんも悩ましげな顔をしたまま固まっている。


「はぁ。言い出しっぺだけど、相変わらず素直過ぎてちょっと気持ち悪いねぇ」

「まぁでも、この娘の良いところはこの素直さしかないよ」

「ひ、ひどい!」


 二人は横目で頷き合い、クスクスと笑う。

 片付けやすいように三人の器を回収して、わたしの器に重ねて。


「あはは、まぁね。戦争が終わったら、何もかも良くなるさ。それまで頑張りな」


 そう言って二人は、わたしの肩に手を置いて微笑み、励ましてくれた。


………

……

…


「明日も、集まれたらこうやって集まるからさ」


 三人はずっと和やかに世間話を続けていた。

 わたしはそろそろ工房に戻らなければいけない。

 それを察したエルナさんが、明日の話を振ってくれる。

 ロッタさんは相変わらず雰囲気を楽しむばかりでぼんやりしていたけれど、ゲルダさんはその言葉に頷いていた。


「はい。承知いたしました。……ですが、御存知の通り、道は雪のせいで滑りやすいです。気をつけてくださいね」

「はいよ」

「では工房に戻ります……。しかし……やっぱり送りましょうか……?」

「いや、いいよ。久しぶりに集まったから、もう少し話していきたい」

「そうですか。では、暗くなる前にお帰りくださいね」

「はいはい」


 わたしは空になった鍋に器と匙を入れて、木箱ごと持ち上げる。

 彼女たちは並んでベッドに腰掛けて、ひらひらと手を降っていた。


「じゃあね奥様」

「奥様こそ転けるんじゃないよ」

「あら、もう帰るの?」


 ロッタさんだけが今この瞬間の帰る雰囲気に、少女のように反応する。

 隣のエルナさんが、その背に手を回して――本当に少女の集まりみたいに、穏やかに話しかけた。


「そうだよ。ロッタ、挨拶しな」

「そうなの……さようなら、奥様」


 積もる話もあるのだろう。時間が逆行したかのような、あの穏やかな空間を背に、わたしは扉を開く。


「はい。ではまた明日」


 ザクザクと氷の粒を踏む足取りは軽い。

 二人が歩けたということは、この冬でも回復しているということだ。

 このままなら、誰も欠けずに春を迎えられるかもしれない。

 一箱借金して、本当に良かった!


 よし、頑張ろう。

 久しぶりに、心からそう思えた。


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