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最果てより、愛をこめて。  作者: すの
第九章:屈折
53/88

53話 すれ違い


「え……」


 受け取った時、どうして気が付かなかったのだろう。

 リアン様の文字は、おおきな曲線が目立つ特徴的な文字を書くのに、この手紙には一文字一文字、彫り付けるみたいに角ばった文字が並んでいる――旦那様の筆跡ではない。


 そうと分かれば、もう我慢できなかった。


 手紙の端を持ち、爪を立てて細く破る。

 頭の中では、サイレンみたいにあの軍人の声が鳴り響いていた。


 ――名誉ある戦死。

 ――忠誠心溢れる勇戦は王国の礎となる――永久の安らぎを賜った!

 ――泣き叫ぶ女性の声。撤退が遅れた自軍を狙撃した噂が――。


 体の外側が、異常な速度で冷えていく。



 愛するアナへ

 まずは二ヶ月もの間、筆を止めてしまったことを詫びる。この手紙は、██████████オスカーに代筆させている。

 ███████、██████████████。だが安心してほしい、私はまだ戦える。

████████████████████████████████████。私は必ず、勝利と共に君の元へ帰る。だから、私のことは心配しないでくれ。

 君が、私の██や██まで受け止める覚悟だと言ってくれたこと、その強さが今の私の唯一の灯火だ。


 君は「ヴァルデリウスで揉まれ、以前の自分とは違う」と誇らしげに書いてくれたね。君の成長を心から喜ばしく思う反面、君にそれほどの覚悟を強いている████████████を想うと、胸が締め付けられるようだ。

 アナ、本当に大丈夫か?

 無理をして、自分を削り、皆に████など隠してはいないか。

 本来ならば、私が君の傍にあり、その肩を抱いて支えなければならない。

 それが叶わず、ただ██████████████できない己の不甲斐なさが、口惜しくてならない。

 どうか、一人で全てを背負おうとしないでくれ。

 父や弟に頼り、可能な限り健やかに、心穏やかに生きてほしい。

 君の██と██こそが、戦地にいる私の最後のよすがなのだ。

 どうか、それを忘れないでくれ。


 愛している。アナ。

 君のジュリアンより

 代筆:オスカー



「あ、あぁ……」


 字体は違う。それでも滲み出る優しい旦那様らしさに、一先ず息を吐いた。

 わたしたちの手紙は、貴族らしい燃え上がる愛を語るものではない。状況報告と、お互いの安寧を祈る穏やかな言葉ばかりだ。

 それはきっと、他の人には真似できないと思う。だから、この言葉は恐らく本人のもの。

 一度自分の中で〝旦那様の手紙〟と答えが出れば、読み返すたびに言葉の一つ一つが染み込んでくるみたいだった。


 二か月の空白。代筆である以上、おそらく腕などを怪我されたのだろう。

 まさか、姉さまのいう〝砲台〟で……? そんな予想が背筋をぞっと冷やしていく。


「まだ、戦える……」


 代筆という手段が取れるということは、きっと直前まで寝込んで……長期間意識が無かったに違いない。

 それなのに――『まだ戦える』という言葉の、なんて痛々しい事だろう。

 わたしは思わず口に出して、火傷した自身の右手をきつく握り締めていた。


 そしてここにきてやっと、去年の冬にわたしを強制的に休ませたお義父様の真のお気持ちを理解する。

 貴族だから、要だから。それも理由の一つだろう。

 けれど何よりも。身内が、愛する人が、傷ついても尚無理をして進もうとする姿はこんなにも……辛くて、悲しくて、見ていられない。

 

 わたしには叱ってくれる人がいた。

 でもリアン様には近くにそういう人はいるのだろうか。

 いたとしても、戦争の大きな流れには逆らえないのだろうか。

 わたしが傍にいれば、腕に縋り付いてでも止めるのに。


 しかし、それは夢想にすぎない。実際にわたしはここから動けず、旦那様を止めることも助けることも出来やしないのだから。

 今現在、どれだけ努力しても領民をお腹いっぱいに食べさせてあげられないのと同じように。


 だから、その後に続く優しい言葉の数々も、嬉しい反面、どこか白々しい。


 わたしの心配なんかより、ご自身の体を気遣ってほしいのに。

 全身に包帯を巻いたまま戦地へ戻るリアン様の姿ばかりが、脳裏に焼き付いて離れない。


 嬉しさも悲しさも心配も切なさも、器が満ちると勝手に零れ落ち、萎えてしまう。

 でもだからこそ、わたしは残った想いを手紙へ向けることができた。


 口の中にべったりとこびり付いた無力感。

 でも一つだけ、手紙という手段が残っている。

 ――そうだリアン様は、わたしが最後のよすがだと書いてくださった。



 愛するリアン様へ

 お手紙、無事に受け取りました。

 この二ヶ月、どれほどリアン様の無事を祈り続けてきたことか。こうして言葉をいただけたことに、今はただ、心から安堵しております。


 この空白期間の理由を思うたびに、胸が締め付けられる思いです。けれど、それを隠さず正直に打ち明けてくださったこと、わたしを「覚悟を共にする妻」として信頼し、心を開いてくださったことは、何よりも嬉しく誇りに思います。

 リアン様は今、大きな時代の歯車の一部として、退けない場所におられるのですね。今はただ、その責務の重さと、痛々しいまでの強がりが、この手を冷たく縛るようです。


 旦那様が「健やかに、穏やかに」と願ってくださる言葉は、今のわたしにはあまりにも眩しすぎます。貴方様が傷つきながらも戦列に戻ろうとしているのに、わたし一人が穏やかな眠りにつくことなどできません。

 わたしが本当の意味で健やかに暮らせるのは、貴方様が無事に帰り、この肩を抱いてくださるその日まで、大切に取っておくことにいたします。


 貴方様がまだ戦うとおっしゃるのなら、わたしもこの地で、わたしの戦いを続けます。そうすることでしか、わたしはリアン様と繋がっていられないからです。

 どうか、お願いです。御身を一番に、大切になさってください。

 リアン様帰る場所を、わたしは死守してお待ちしております。


 貴方の武運を、心より、心よりお祈り申し上げて。

 貴方様のアナスタシア


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