48話 麻痺
初雪のように、一枚、また一枚と戦死報告が届く。
慟哭と共に、この小さな村は沈んでいくみたいだった。
わたしに出来ることなど何もない。
あの蒼白の軍人が、もう誰の家にも来ないよう祈るしか。
悪夢の報告は、この村から生産性も奪っていった。夫や息子を失った女性は、平均して三日は休む。
こればかりは、引きずり出して「仕事をしろ」なんて言うことは出来ない。
けれどもこれからの夏と秋、どれだけ備蓄できるかが冬を乗り越える生命線となる。
人手はもともと足りていなかったのに……。
奔流の夏真っ盛り。
わたしは――糸の製造過程で冷水が必要なのもあるけれど――朝早く、日の登らないうちから作業するようになっていた。
川に沿って山を登り、より冷たい水を汲む。
木桶を抱えて見上げた西の空には、夜明けの淡い青に溶け残った夏至星が、刺さるような鋭い光を放っていた。
水桶を満たし、それから蒸気の傍で糸を紡ぐ。
蒸気自体はほとんど漏れず、もう指を焼くことは無いけれど……やかんを温める薪ストーブが、下半身を炙る。
寝不足になりながら糸車を回していたある日のこと。ジャガイモスープをみんなで食べている最中に、突然工房の入り口で男性の声が轟いた。
「ローズはいるか!」
この辺りの土地を担当しているのだろう。あの乳白色の封筒を持ってくるのはいつも同じ蒼白な顔の軍人。
穏やかにざわざわしていた雰囲気が、一気に凍り付いていく。
呼ばれたローズさんは、ガタリと音を立てて立ちあがり、逃げようとして……けれど逃げていい相手なのかも分からず、上半身を歪めて狼狽えていた。
男が「お前か」と言わんばかりに歩き出す。
カツカツと響く皮靴の音が、天井の高い工房内によく響いた。
「嫌よ、嫌!嫌!言わないで、お願い、わ、私受け取らないわ、嫌よ!」
「王国陸軍、第二十二師団所属。第四十歩兵連隊。エミール二等卒! 去る七の月、西方戦線第十二防衛線における攻防において、名誉ある戦死を遂げた。志願兵としての忠誠心あふれる勇戦は、王国の礎となるものである! その魂は――、」
「ぁぁあ゛あ゛エミールぅぅぅ……ッ」
川に張った氷を砕いたときみたいに、工房内の空気が壊れていく。
わたしは目くばせで、泣きじゃくる彼女の近所に住むロジーさんに「一緒にいてあげて」と指示をした。
蒼白の軍人を見るたび、胸が凍る。
幸いにも、今日までわたしの一番大事な人の名前が告げられることはなかったけれど……でも大事な領民の死は、我慢しなければ泣いてしまうほど悲しいことだった。
きっと一生慣れることは無いのだろう。でもこうやって、みんなで悲しみを乗り越えていくしかない……。
この時は、確かにそう思っていた。
………
……
…
……それから、何度「蒼白の軍人」を迎え、何度あの定型文を聞き流しただろう。
最初の一か月を過ぎる頃には、旦那様じゃなかったと確定した瞬間には自動的に悲しみを飛び越えるようになっていた。
あの泣いている人――今回息子の死亡通知が届いた人――が抜けるなら、明日の収穫作業が遅れるな。と冷静に判断下してしまい、もう涙は一滴も出なくなった。
ヨハンナさん、次男を亡くして休養。復帰まであと三日。
ソフィアさん、夫を亡くして休養。復帰まであと一日。
リナさん、本日復帰。草刈り作業へ。念のためマルタさんを傍に。
今日はベリー摘みが出来る人がいないから後回し。けれど一週間以内には摘み取って乾燥を始めなければ。
霜麻の発酵作業も遅れている。
そのあとの乾燥に使う斜面は、今は刈り取った雑草を干すのに使っているけれど、乾燥は間に合うかしら。
倉庫に運び入れる人員は、ヨハンナさんが出てこれるなら間に合うだろうか。
山の獣も全然見かけないらしい。
干し肉の量がぐっと減ることは覚悟しなくてはいけない。三番チェストが埋まらなければ、スープの集いも危うい。
「マルタさん、今日はあちらの草刈り作業をお願いしてもいいですか? リナさんの近くに付いていてあげてください」
「ああ、あぁ、リナは今日からか……分かったよ奥様」
「ありがとうございます。お願いしますね。あ、ローズさん、少しいいですか……」
「はい奥様」
毎年やることは決まっていた。
皆、互いを見ながら自然と役割を埋めていく。
だから振り分けなど必要なかったヴァルデリウス領だけれど、今年ばかりは人が少なく采配が必要だった。
放置すれば大きな仕事――例えば霜麻の発酵や乾燥、干し草作りなど、作業丸ごと誰も担当できず全然できていませんでした。となりそうだったからだ。
「エルゼさんはまだ出られませんか。ヒルダさん、彼女の体調はどうでしたか」
「熱はないよ。でもエルゼは……アーベルと、恋愛結婚だったから……あと、もう少しだけ待っていてあげようよ」
厳格な決め事ではないけれど、戦死報告から三日間の療養が終わっても、塞ぎ込んで出てこれない人がいた。
突発的に体を弱らせ瘴気に呑まれ、熱を出す人がいる。
だから体は無事なのか、動くのか。そんな確認で問いかけるけれど……帰ってきたのは非難色の声。
けれどわたしの頭は、非難を網にかけて濾してしまう。
損耗無し。でも出てこられないなら、発酵から人を回して――今日の作業は……。
「……そうですか。ではヒルダさん、今日はあちらの草刈り作業をお願いします」
貴族らしい穏やかな所作で、坂の下の青々とした畑を示す。
よし。これで今日はとりあえず回るだろう。
わたしも発酵作業を手伝って、それから彩雲糸の続きをしよう――そう思いながら視線を戻すと……いつも従順なヒルダさんは、まだそこにいた。




