47話 生きている
……それから――気が付いたらわたしは自室にいた。
目の前には、検閲の赤い封蝋がなされた旦那様の手紙……。
親愛なるアナへ
麗らかな陽光が霜麻を照らしている頃だろうか。
こちらでは泥混じりの風が吹くばかりだが、手紙の封を切った瞬間、███████の懐かしい香りがしたような気がしたよ。
君が寄せてくれた█████私は誇りに思う。
本来なら、すぐさま君の元へ駆けつけ、その涙をこの手で拭うべきなのだろうが……。
情けないことに、今は紙の上の文字を撫でることしかできない自分を許してほしい。
君の心の痛みも、その震えも、すべて私が共に背負おう。
私の近況だが、█████████████████████████ ████████████████████████████████████ █████████████████████
██████████████████████████████████。
軍医には「ひと時でも戦場を忘れ、深呼吸を繰り返せ」と小言を言われているが、戦場でそれを守るのは、あの父に、何も喋らせずに食事を完食させるよりも難しい。
█████████████████████
その時、君はきっと私の変貌ぶりに驚くはずだ。以前より少しばかり身長も伸びたし、███████
何に驚くかは、帰ってからのお楽しみだ。あまりの衝撃に腰を抜かさないよう、今から心を強く持っていておくれ。
季節の変わり目だが、どうか健やかに過ごしてほしい。 君が笑っていることだけが、この███████████████
愛している、アナ。
君のジュリアンより
荒い息だけが部屋に響いている。
どうしてこんなに苦しいのかと顔を上げれば、わたしは無言で嗚咽していた。
「ぅぅ、……リアン様ッ、リアン様……ッ」
生きている。まだ生きている。
それがこんなに嬉しくて、けれど同じだけ苦しい。
安堵と罪悪感に引き裂かれそうだった。
ハンカチに顔を埋めて涙を拭く。スン、と鼻をすすると……ふと、さっきの軍人のはつらつとした声が耳の奥で蘇ってきた。
――攻防において、名誉ある戦死を遂げた。志願兵としての忠誠心あふれる勇戦は、王国の礎となるものである!
口減らしのため出兵したステファンさんだって、数日前までは生きていた。
それに照らせば、この手紙を書いてから今日までの間に、何も起きていないと誰が言えるだろう。
旦那様だって、もしかしたら本当は、もう……。
「――ッ゛、」
追い払うように頭を振った。 考えるな。信じるしかない。
この手紙の主は、今もどこかで泥にまみれて戦っているはずだと。
今だけは。
返事を悩んでいる間だけは、先ほどのことは忘れよう。
何かが影響して、旦那様を悲しませてはいけない。
愛するリアン様へ
夏が近づき、こちらは過ごしやすい日々が続いております。
貴方様のお心が綴られたお手紙、しかと受け取りました。
わたしの心の痛みを共に背負うと言ってくださったこと、本当に救われる思いです。
いつの日か、貴方様と嬉しいことも共に分かち合える時が訪れますようにと、今はただそればかりを願っております。独りで背負っておられる戦地の影、その重みさえ、わたしは全て受け止める覚悟でおります。
食事のお話を聞いて、思わず笑みがこぼれてしまいました。そんなお義父様ですが、最近の御様子も報告いたしますね。
やはり夏に向かうにつれて寝込むことは増えておりますが、それでも例年より起きていらっしゃる時間が長く、お顔の色も良いように存じます。
エドワード様は、変わらず立派に警備隊隊長を務めておられ、最近はお義父様にますます似てよく面白いお喋りをしてくださいます。お二人と過ごす時間は、わたしの支えとなっております。どうぞ、ご安心くださいませ。
リアン様が仰る「変化」について。どのようなお姿であろうと、わたしは決して腰を抜かしたりなどは致しません。
旦那様がいらっしゃらない間、わたしもこのヴァルデリウスにて、少なからず揉まれて参りました。
あの日より、わたしも少しは強くなれたと信じています。どんなお姿であっても、わたしは変わらず、貴方様のアナスタシアとしてお迎えいたします。
だから、どうか一日も早く帰ってきてください。
今はそれだけが、わたしの張り詰めた心に唯一残された願いなのです。
その前途に、確かな勝利とご武運がありますように。
貴方様のアナスタシア
気を抜けばぼんやりとしてしまう頭の中で、夫人のわたしがしっかりしろと叫ぶ。
戦死報告が届かないよう祈りながらも、これで終わり――村の戦死者が一人。なんて、ありえないのだから。
次は自分の番かも。リアン様があの金属板になって帰ってくるかもしれない――いや、今は違う。
エーリカさんを、一人にしてはいけない。
必ず誰かを傍に置かなければ。
今も尚引き裂かれんばかりになっているあの心を一番に守らなければ――損耗が増える。




