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最果てより、愛をこめて。  作者: すの
第七章:弔鐘
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46話 通知


 穀星が天頂へと昇り詰め、その輝きが白く焼きつく頃。

 気温は少しずつ上がり、日も長くなってきた。

 わたしは正念場と言わんばかりに、ひたすら糸車に向き合っている。


 未だ灰色を抱える心にはまだ後悔と恥が重く残っていて、気を抜けば俯いてしまう。

 けれど日々は続き、動かなければ冬に飢えてしまうのだ。わたしだけではなく、皆が。


 悶々と悩み、ぐるぐると糸車を回す。そんなある日の夕方のこと。

 玄関ホールを通りががると配達人ラフェンさんがいて、何やら困っているようだった。


「あ、あぁ奥様、こちらお手紙です……」

「お疲れ様。ありがとう、ラフェンさん」

「……ッあの、」

「どうしたのですか」

「俺ァ、分かんなくて、いや分かるんですが、教えていいのかは分からなかったもので」

「?? なんのこと? 何の話ですか?」

「とにかくこっちに来てください。待たせてるんで」


 旦那様の一ヶ月ぶりのお手紙にしみじみ喜ぶ暇もなく、玄関外へと誘導される。

 わたしはポケットに手紙を仕舞い、手袋を両手にはめた。

 あの日から屋敷の中と、糸車の前以外ではいつもしてようと決めたのだ。


 連れてこられた玄関外には、しっかりと隊服を着こなした――蒼白の軍人がいた。

 磨かれたブーツから軍帽の国章までまじまじと見上げてしまう、隙なく整った軍装。

 どうしてここに、こんな辺境に、どうして。


「このお方が……家を探してるんだそうです」

 

 ラフェンさんは彼の――国境の壁みたいな威圧感に、村人らしく委縮しているようだった。

 けれど男爵夫人のわたしまで同じようではいけない。


「そうですか。どちらの家でしょうか」

 

 出来るだけ冷静に。お腹の上で両手を重ねて問いかけると、軍の人は一歩前へ出た。

 機械的な動作で、風を切るように敬礼して。


「お騒がせして申し訳ない、ヴァルデリウス夫人。この村の、エーリカの家への道を教示いただきたい」


 その有無を言わせない男の威圧感に、わたしは背を正し「こちらです」と先導することしか出来なかった。

 ラフェンさんの手前、後ずさりしなかっただけで、わたしもきっちり威圧されている。


 戦場にいるはずの兵隊が、なぜわざわざ一軒の家を訪ねる必要があるのだろう。

 彼の前を歩きながら、嫌な汗がじわりと手袋の中に滲んでいく。


 この男は、決定的な何かを運んできた。

 その正体を知るのが、わたしは怖かった。


 嫌に空白を残した頭のまま、早鐘を打ち始める体の動揺を必死に隠して、その家のドアを叩く。


「はーい、あいてるよ。入って、――え?」


 相手が誰であろうと招き入れるつもりの声で、木製のドアが無防備に開いた。

 中から、寒さのせいの赤ら顔で出迎えてくれたエーリカさんは、軍人とわたしと、その奥のラフェンさんを見て口を開けたまま固まる。


 軍靴が、カツリと戸口の踏み石を叩いた。


「ステファンの家族か」

「は、はぁ、確かにステファンは私の夫ですが……あの、何かあったんですか」


 軍人は足先から指先まできっちりと整った敬礼をして、真正面を――彼女の顔ではない、真正面を真っすぐ見据えながら。


「王国陸軍、第十七師団所属。第四十二歩兵連隊。ステファン二等卒! 去る三の月、西方戦線第十一防衛線における攻防において、名誉ある戦死を遂げた。志願兵としての忠誠心あふれる勇戦は、王国の礎となるものである! その魂は無事に王国へと還り、永久の安らぎを賜った。エルドリアス王国は、彼の至高の献身を永遠に記憶し、ここに深く謝意を表する!」


 あまりに淀みなく告げられたから、この場の全員があっけに取られていたと思う。

 言うべきことを言った軍の人は、エーリカさんに封筒を手渡して、そしてまた風を切る敬礼をして去っていく。

 ざくざくと砂利を踏む音が遠くなり――やがて、聞こえなくなった。


「……――えぇ?」


 黄昏時も終わり、辺りは黒紫色に包まれている。

 その中で、エーリカさんの声は――夫を亡くしたにしては、ひどく間抜けに響く。


「あぁ、あ、あのひと、し、死んじゃったの?」


 そう呟くと、はっと気が付いたかのような表情になった。

 彼女は縋り付く勢いで封筒を開けて、中身を取り出す。

 折りたたまれた数枚の書類と、金属板が一欠けら。


 ――ぽとり。とエーリカさんのタコのある手に乗ったそれの半分は、錆びのような汚れがこびりついていた。


「――う、嘘よッ、嘘ッ。嘘! だって――だって帰ってくるって言ったのにッ!!」

「エーリカさん、」


 金属板を握り締め、その場に崩れ落ちる。

 わたしは彼女の肩に触れようと手を伸ばす――けれど。


「嫌ぁ゛ッ!!」

「ッ゛、」

「嫌、いやぁ、こんなのってないわ!! ぁあ、嘘よッ!! ステファンッ! ステフッ、ぁぁあ゛あ゛ッ」


 バシリ。とパニック的に伸びてきた手に振り払われてしまう。

 宙を彷徨う白い手を、わたしはどうしたらいいか分からない。


 周りには、他の村人が集まりつつあった。

 斜交いに住んでいるローズさんが、見かねたように私たちの間に割って入り、エーリカさんの肩を抱いて強制的に家の中へと引き戻していく。

 唸るように泣き続ける彼女を椅子に座らせて、それから。


「あとは何とかしとく……とにかく今晩は、後を追わないように見張っとく。だから帰りな。奥様、酷い顔だよ」

「わ、わたしは――……いえ。ではローズさん。頼みました」


 ローズさんは囁くように言った。

 彼女も少なからずショックを受けているようだった……いや、あの滔々とした戦死報告と、そのあとのエーリカさんの悲鳴を聞いてショックを受けていない人なんていないだろう。

 彼女の家も、夫と息子が出兵している。


 この事を……はやく、お義父様とエドワード様に報告しなくては。


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