34話 ベリークッキー
スープの集い――字面が難しかったのか、誰も『温熱配給』とは呼ばなくなった――は好評だった。毎日の支払いが少し減ってもいいからこの工房で、子供たちと皆で一緒に食べたいとの声が出たほど。
エドワード様とよく話し合った結果。
警備隊には、水筒に詰めても朝に飲ませても効果が薄いと判断して、見回りが終わり下山した夕方、情報交換の場で振舞われることになった。
やはりこの寒い地で湯気を立てる温かいものが苦手な人はいない。
皆の笑顔が増えて素直に嬉しいし――エドワード様とエルザが「このスープは義姉さんが・奥様が用意したもの」と触れ回るせいで――「奥様ありがとう」と直接感謝の言葉を貰う機会があって、照れてしまう。
………
……
…
まだ埋まり切らない喪失の隣に小さな充足感を並べるような日々を過ごしていると、あっという間に雪糸祭りの日を迎えた。
数日前に狩られたウサギと小さな鹿で鹿肉の煮込みを作り、相変わらず薬草のせいですごい色になっているそれを、昼にスープを分けるときと同じ器に注いでいく。
やっぱり、少し辛いようなその味はわたしの好みで……早く、旦那様と食べたいな。と思う。
旦那様も、「好んで食した」と手紙に書いていらしたし。
ウサギが混ざると、不思議に薬草の味を強く感じる気がする。
去年とはまた風味が変わって、これも美味しい。
リアン様はこの味も好きだろうか? もしお嫌いでも、それを――彼の出した答えを、気持ちを知りたいと強く思う。何でもないことをゆっくりと共有していく日々を、リアン様は約束してくださった。
噛み締めるたびに強い野生の味がする肉をゆっくり飲み下して、はふ、と白い息を吐く。
早く、無事にお帰りになりますように。そろそろ千に届く祈りが、今日も夜闇に消えていった……。
「奥様もおいで! ほら、踊るよ!」
「あ、はぁい!」
呼ばれたので席を立つ。社交場でのチリチリとした睨み合いのようなお誘いとは違う。
がさつで強引で、でも強引だからこそ、駆け足で楽しみに混ざることが出来る……。
井戸のそばの広場でかがり火を焚いて、輪になって踊る。手を繋いで、ステップを踏み、離して手を叩いて。
無理やり交ぜられた去年よりも少しだけ上手になっていたけれど、まだまだ子供たちの方がきれいに踊っていて……ほんの少しだけ悔しかった。来年は、もう少しうまくステップを踏んでみせる……。
その子供たちが一番楽しみにしていた――去年より明らかに小さくなったベリークッキーのうちの一つを、子供たち自ら「これはミーナのぶん」と差し出してきた時は言葉に詰まってしまった。
「ミーナは、もう……」
「うん。死んじゃったの、知ってるよ」
「わたしたちは、もう会えないんだって」
ルカとテオ。ミーナと同じ最年長で、春が来たら大人に混ざって作業を始める子供たち。
二人の中では、ミーナの死はひと段落ついているようだった。
「でも、ミーナにあげたいの。お屋敷のどこかでねてるんでしょ? とどけてよ、おくさま」
「あー。ルカだめだよ。おねがいするときは、『ください』だよ!」
「テオ、分かってる! い、いまそう言おうとおもってたの。おくさま」
さっきまで踊っていたから、その体からはやんわり湯気が立っている。熱い血の流れ、礼儀を学び成長していく未来の象徴。
小さな手には……クッキーが二欠片。一人一枚のクッキーの内の半分ずつをミーナのために出したのだと分かる。
「ミーナにクッキー、とどけてください」
「おねがいします」
わたしは子供たちが寄って来た時からかがんで目線を合わせていたけれど。すっと立ち上って背筋を伸ばした。
礼儀には、礼儀を返すものだから。
差し出した手の平にハンカチを広げ、そこにクッキーを置いてもらう。丁寧に包んでから……ずいぶん下の方にある子供たちの顔をしっかり見つめた。
「……いいわ。分かった。このクッキーは必ず、ミーナに届けるわ。食べることは出来ないでしょうけれど、きっと喜ぶはずよ。ありがとう」
一晩かけて踊り騒いで冬の瘴気を払い、祭りの後片付けも済んだ深夜。私は火の見回りの後に抜け出して、北の霊安室へと歩いて行った。手には赤土で出来た、握れるサイズの小さな甕。それは納屋にあったもので、本来は植物の種を入れておくもの。
冬の間この小さなクッキーを湿気から守り、春になったら一緒に埋められる。ハンカチで包んで置いておこうと思っていたら、エルザが気を利かせて持ってきてくれたものだった。
霊安室の扉はむやみに開けてはいけない。死者の眠りを妨げ、瘴気を呼び込むから。だから扉の隣にある小さな飾り棚に――一時的にランプを置いたり、いまは薬草の束が置かれている壁のへこみに――小さな甕を置いた。
「ミーナ。テオとルカから、預かって来たわよ」
コツリ。と軽い音がした。あの子たちの献身は、この冷たく厳しい大地で最も重く、尊いもの。
あの歳で、こんな判断ができる。それが心から誇らしかった。




