35話 黒塗り
夜はずっと降り続き、昼も降ったり止んだりを繰り返す豪雪。
雪かきした道に灰を撒いてもすぐに白に覆われてしまうし、苦労して屋根から雪を降ろしてもお構いなしに積もっていく。
意味がないように思うそれらは、しかし怠ると村内の交通が死んでしまうし、屋根上の雪で家が潰れてしまうことになる。
わたしも屋敷の出入り口の雪かきを担当することがあった。
一生懸命雪かき用の幅広スペードで掬っては投げ、掬っては投げと格闘し、小一時間後にふと後ろを振り返った時。そこにはもうすでに、雪を掻く前と変わらない白が積もりつつあった――あの絶望は、夢に見るほど深いものとしてまだ心に残っている。
置き場に追われうず高く積まれた雪の柱が村中にいくつも乱立していた。
音も時間も吸い込まれ、永遠に終わらないのではないかと思われた閉ざしの冬は――けれど珍しい晴天の日。その夕方頃に、麓から鼻を真っ赤にしたラフェンさんが荷物を背負ってやって来たことでようやく明ける。
「やぁ、相変わらずひでぇ雪だ、大旦那様、エドワード様。お久しぶりです。こちら新聞とお手紙です」
閉ざしの冬が明けたと言っても、すぐに春が来たり、雪が溶けてなくなったりはしない。
彼は山肌を蛇行する馬車道ではなく、少しでも〝道〟が残っている森を通る直線ルートを登り屋敷までやってきている……らしい。わたしはその道を見たことも歩いたことも無いのだけど。
ラフェンさんはその手に情報だけを握り、雪に埋もれない特殊な靴を履いて、まだ暗い早朝に今日が〝丸一日雪が降らない晴天の日〟だと賭けて、その足だけでここまで登って来たのだ。
屋敷の玄関ホールで雪まみれの荷を降ろし、冷えた体を温めるためにその場でお義父様、エドワード様の歓迎を受けるラフェンさんのご機嫌は上々。
感謝のしるしとしてのホットワインを飲みながら……この時期――この日だけは、彼はまごうことなき英雄だ。
「ああ! 奥様も。お久しぶりです」
「ご苦労様です、ラフェンさん」
「手のお加減はいかがです」
「もう不自由ないわ」
「そりゃよかった! ――あ。はい。こちらお手紙です」
「ッありがとう、」
わたしは、はしたないと分かっていながらも屋敷の二階から見慣れない人影を見かけた瞬間には玄関ホールに向かって駆けだしていた。一階に降りる直前で歩きに切り替えたけれど……だって、だって彼は旦那様からの手紙を持っているから。
本当なら、部屋でエルザから恭しく受け取るのが淑女らしいのだろう。でも我慢できなかった。
きっと姉さまが隣にいれば睨まれるでは済まなかっただろうと思いながら――遅れたやって来たエルザにやっぱり目を細くされながら、自室に戻る。
腰を下ろし、さあ開封しようとペーパーナイフ片手に裏を見ると……そこには二つの封蝋があった。
「え……」
ヴァルデリウス男爵の小さく丸い銀青色の封蝋は無残にも割られ、その真横に四角い赤がべったりとこびり付いている。
傲慢なほど大きくて、しかも旦那様の封蝋に少し被っていた。
しかしそこには――〝|PASSED BY CENSOR《検閲局を通過》〟の文字。
「……ッ」
わたしは素早く、けれど丁寧を意識してペーパーナイフを封筒に差し込んだ。
――愛がしたためられているであろうそれを王国に覗き見られた恥よりも……エルドリアス王国という大きな手が、辺境男爵の手紙にまで忍び寄っている不信感の方が勝っていた。
こんなことをしないといけないほど、負けている……勝利が遠い、ということなのだろうか?
何よりも待ち望んだ手紙なのに、口の中に苦い泥を流し込まれたみたい。祈るように、縋り付くかのように手紙を開く。
親愛なるアナへ
返信が遅れてしまったことを許してほしい。
この便りが君の手に届く頃には、長く厳しい冬もようやく夜明けを迎えようとしているだろうか。
君が、私の変貌を「愛の証」として受け入れてくれたこと、これ以上の救いはない。
今の私は実に快調だよ。████████████████、驚くほど体に馴染んでいる。
ますます強くなる己が誇らしくもあり、同時に得体の知れぬ高揚に戸惑いもする。
先日、█████████████、私がその後を継ぐこととなった。望んだ形ではないが、より君を、そしてこの国を守れる立場になったことは喜ばしい。
この██████からは、天候の優れた日には、遥か遠方にそびえる北の山脈を望むことができる。
あの白銀の連峰の向こうに君がいるのだと思うだけで、私の心はこれほどまでに強くなれるのだ。
アナ、待っている人がいる。████████████████時に耳の奥で、人間ではない何者かの……獣のささやきが聞こえる夜もあるが、████████████████、そう信じることができる。
だから、████████████
それよりも、ヴァルデリウスの冬は███████
今年の雪糸祭りはどうであったか? ████████████████████ ████████████
私も、███████████████████████
この手紙が届いたあとも、北の寒さはまだ君を苦しめるだろう。何卒、御身をご自愛なされよ。
愛している、アナ。
君のリアンより
ほんのわずかな希望を掛けて、咄嗟に手紙の裏面を覗いていた自分は、色々な意味で貴族失格に思えた。
不純物混ざりの薄くやわい紙は隠蔽の黒をしっかり吸い込んで、一欠けらの文字さえ開示してくれなかったけれど。
もう一度手紙を読み返す。少しでも情報を掬い取るために。
でも、読めば読むほど不安をあおられるようだった。
――いったい何が体に馴染んでいるのだろう。
きっと誰かの死で昇進なさっている。その死の列の最前に進み――いや、名誉なことだ。
獣のささやきとは? 一番隠語らしいこれを消さずに、直前の何を消されてしまったの。
雪糸祭りの後の長い黒塗り……きっとこちらを伺う、心配してくださった言葉だったはずなのに……。
「……、はぁ。」
王国を疑ってはいけない。
秘密の作戦なんかをうっかり書いてしまってはいけない事ぐらい、戦争の事を何も知らない女のわたしにだって理解できる。
それにわたしが書く返事だって検閲されるのだろう。
一言でも多く旦那様に届くように、気を使って書かなければ。




