13話 有志の出兵
領地へ無事に帰り、わたしがまず行ったことは雪糸の生産を領民だけで回せるようにすることだった。
もともとわたしはお手伝い兼最高責任者みたいな立ち位置だったけれど……きちんと作業者の皆の前に出て、ヴァルデリウス男爵夫人として号令を飛ばした。
村一番のしっかり者の女性、マルタさんを現場監督に据える。
そしてエルザを――生産数やノルマ達成状況、マルタさんから上がってきた情報などをまとめて毎日わたしに報告する役目に任命した。
「この戦争を乗り越えるために、み……皆の協力が必要です。領地のため、そ……それから……戦地であろうと、この北の山中であろうと、戦い続ける、あ、愛する……夫のために。あなたたちの働きが、大事な人が帰ってくるまでの間、この北の地を守るのです。……だから、皆で力を合わせて、が。頑張りましょう」
最後に、演説まがいのことをして皆にお願いする。
こんなに大きな声を出したのは生まれて初めてだった。
けれどヴァルデリウス男爵夫人として、拙いながらにしっかりと前を見てそう伝えれば、誰もが真剣な表情で頷いてくれる。
工房に自分の糸車を持ち込んだあの日から、皆は私を「知らない貴族小娘」ではなく「奥様」として迎えてくれた。それでも私は、どこか"お手伝い"の一人だった。
小さな木箱に乗らねば皆と目高さすら同じにならない小娘の突然の強引な采配――けれどありがたいことに、表立って意見したり、疑ったりする人はいない。
彩雲糸生産の機密保持のために衝立を設置して、糸操り棒と糸を巻き取る紡錘の丁度中間に小型の薪ストーブを設置した。その上でシュンシュンと音を立てるやかんの注ぎ口は、引き出されたばかりの雪糸が吸い込まれていく動線を狙いすましたように捉えている。
これで指先で整えた霜麻が、糸の形を成した直後に間髪入れずに熱い蒸気が当たるはず……。
衝立の向こう側からは、雪糸の生産を担う女性たちの活気ある声が聞こえてくる。つい先日までは、わたしもあの輪の中にいた。
男爵夫人と言えど小娘のわたしに惜しみなく技術を教え、たわいのない冗談に笑い合い、同じ目標を目指して肩を並べていた。
けれど、今日からは違う。
わたしは独断で自分の周りに壁を作った。ヴァルデリウス男爵夫人として、そして彩雲糸を紡ぐ唯一の職人として。誰にも頼らないと心に誓い――薪ストーブのせいで仰々しくなった糸車を見据える。
椅子に腰かけ、解かれて束になった霜麻を手に取った。
指先で少し擦り合わせて、蒸気に当てながら糸巻きに通す。
薪ストーブが近くて足が熱いけれど、構わない。
ゆっくりペダルを踏みこめば、カララ、と木が擦れる音がして、フシュと風を切ってフライヤーが回り出す……。
そうして――雪糸の安定生産を確認しながら、一人で彩雲糸だけを紡ぎ続ける、厳しい日々が幕を開けた。
そんな日々が始まって数日。私の指先がようやく作業の熱気に慣れたころ。
数日後の朝。生産棟へ向かう途中、屋敷の玄関先で重苦しい足音と金属が擦れ合う低い音を聞いた。
柱の陰から覗いてみれば、そこにはリュックを背負った男たちが一団となって立ち尽くしている。
……二十二名。そのほとんどが、村を守ってきた有志の警備隊。
「……どうしても、行くのだな」
一団と向かい合うエドワード様の、絞り出すような声がした。
男たちの代表が申し訳なさそうに、けれど固い意志を込めて頷く。
「申し訳ありません、エドワード様……ですが、このままここに居ては、家族の口に入るはずのパンを俺たちが食いつぶしてしまいます。軍へ行けば、少なくとも俺たちの分の食い扶持は浮く。その分を、残った女子供に回してやってください」
「……そうか」
それは志願という名の、あまりに悲しい口減らしだった。
当主代理であるエドワード様にとって、その背中を見送ることほど辛いことはないだろう。
有志で集まった領民の警備状況でさえ、兄である旦那様への報告をしなかったほどなのに。
彼らが一人、また一人と重い玄関扉の向こうへ消えていく。
その背中を見送るエドワード様の肩が、悔しさで小さく震えているのを見て、わたしは静かに駆け寄った。
「エドワード様」
ほんの僅か、こちらに傾く蒼白の顔。やはりまた、痩せられた。
このお方が、誰よりも責任感を持って必死に領地を運営してきたことを、わたしは知っている。
「生産棟から、さらに四人出します。女ですが……雪に慣れた彼女たちなら、良き斥候の目となるでしょう」
「いやしかし……それでは……義姉さんが、」
とん、とエドワード様の手に少しだけ触れると、冷たい指先がピクリと動いた。
意図を察したその顔が完全にこちらを向く。
わたしは脳裏に薄く焼き付いている大好きな人の微笑みを、なぞるように唇に浮かべて。
「今は、彼らの武運を祈りましょう。エドワード様、きっと大丈夫ですよ」
少しでも安心させられただろうか。
エドワード様はわずかに目を見開いて……それから一つ頷く。
「ああ……そうだな……。だが、三人でいい。……感謝する」
背筋を伸ばす。前を見据えるその姿は、当主代理に相応しい威厳があった。




