光と影の境界線
未だフラッシュの残像が網膜に焼き付いている。
豪華な黒いドレスは、今やミヤビの肌の一部のように馴染んでしまっている。通路にかけられている鏡を見るたびに、そこに映る美少女が自分であることを脳が強制的に認めていて眩暈がする。朝倉大雅という少年の輪郭が、霧のように薄れていく感覚があった。
運営の男に促され、ミヤビは先ほどの、あの重苦しい空気の漂っていた大部屋へと戻された。
部屋に入った瞬間、魔法少女たちの視線が突き刺さる。
しかし、その瞳には冷たさは宿っていなかった。
「……っ」
ソファに座っていた魔法少女の一人が、立ち上がって息を呑む。
彼女たちの目に映っていたのは、残酷なほど美しく整えられた、しかし死人のように血の気の引いた顔をした新たな魔法少女だった。
「……ねえ、この子、さっきの男の子じゃない?それにこの雰囲気、メイクとかじゃなくて、本物の……」
一人の魔法少女が、震える声で呟く。
男は、ただ静かに頷いた。それだけで、部屋の空気は凍りついた。
後ろにいたショートカットの少女が、大きな音を立てて壁を叩いた。
「この子、学生でしょ?いや、そんなこと関係ない。あんたたちが正義であることには全く期待してないけど、これはひどすぎるでしょう!!!」
少女がぎゅっと拳を握った。
「私たちは、自分の身を犠牲にしながらも誰か一人でも救うために魔法少女になった!それが私たちの使命であり義務だから!運命を呪う時間はもう過ぎた。私たちが頑張れば、誰かの瞳に光が戻って、誰かが笑顔で大切な人と過ごせて、誰も何も諦めないで済む社会が創れると思った。なのに、なのに、私たちは、私は、目の前にいるたったひとりのことも救えないの……?この子の瞳からは光が消えて、死んだ魚みたいな目をしてて、自分が幸福になることを、幸せな人生を送ることを、諦めてるようにしか見えないわ!」
少女は膝から崩れ落ちた。ミヤビはそれを見て、唇を強く噛んだ。
彼女たちも、運営に人生を狂わされた被害者だ。それでも誰かを救おうとしている姿は眩しくて、自分の運命を呪うしかない自分を情けなく思った。
そのとき、爆音のチャイムが鳴った。
『怪人発生、怪人発生、◆◆市●●区??ー??、至急向かってくれ』
誰かが舌打ちをした。さっと立つ魔法少女が3名。
男がミヤビのほうを向いた。
「……実戦の雰囲気に慣れてもらう。彼女たちと一緒に任務へ向かってほしい」
「ちょっと、それは」
男の冷たい視線に、少女は黙った。
◆◆☆◆◆
「……ごめんなさい。さっきは、あんなこと言って」
足元にも及ばないと言った魔法少女がぽつりとそう言った。彼女はまた何かを言おうとして手を伸ばしたが、火傷でもしたかのようにすぐに手を引っ込めた。
「貴方は何も悪くないのに。……今日の任務、私たちは本部に言われて貴方を連れて行くけど……無理しなくていいから。ただ、後ろで見てるだけでいいから」
ミヤビは頭を下げ、軽く微笑んだ。
戦場は、夕闇に包まれた廃ビル街だった。
異空間から染み出してきた怪人が、どろりとした影を引きずって徘徊している。
「いい? 危なくなったらすぐに逃げて。自分を守ることだけ考えて」
先輩の魔法少女たちは、そう言い残すと、鮮やかな閃光とともに影の中へと飛び込んでいった。
ミヤビは、崩れかけたビルの物陰から、その様子をぼーっと眺めていた。
爆音と、金属がぶつかり合う音。魔法少女たちの振るうステッキと煌めく魔法が、夜の闇を切り裂いていく。
彼女たちの体に傷がつき、ドレスは汚れ、呼吸は荒い。それでも、彼女たちが一撃を放つたびに、その周囲には幻想的なまでの輝きが満ち溢れていた。
(……ああ、かっこいいな)
ミヤビは、何の役にも立たないステッキを強く握った。
自分をこんな目に遭わせる魔法少女というシステムは、憎くてたまらない。いや、でも分からない。運営は冷酷で、世界は理不尽だ。
けれど、それでも、ボロボロになりながらも誰かの希望であり続けようとする彼女たちの戦う姿は、あまりにも美しかった。
自分も、あんなふうになれるのだろうか。
誰かを救い、誰かの憧れになれるのだろうか。
そうすれば、自分のこの空っぽな心も、少しは救われるのだろうか。
いつの間にか戦闘は終わり、魔法少女たちは安堵と泣きそうな表情で手を繋いでいた。ミヤビは理解する。たとえ自分がいくら強くなろうと、あの輪には入れない。天国と地獄の境界線は、目の前にある。
◆◆☆◆◆
どうやって帰ったのか覚えていない。気付けば家族は寝静まり、心地よい暗闇があたりを包んでいた。
眠れなくて部屋を出ると、隣の妹の部屋のドアが開いていることに気付く。大雅は一瞬迷い、ドアを閉めようと近付いた。その先には、ミヤビがベランダの前に座って夜空を眺めていた。
大雅は軽くドアをノックする。ミヤビは急速に振り返り、相手が兄だと分かると肩の力が抜けたようだった。
「……眠れなくて。星さがしてた」
大雅はミヤビの横にそっと腰を下ろす。空は曇っていて、欠けた月の光がほんのりと見えるだけだ。
昔のミヤビの無邪気さは今はもう感じられない。ここ最近、ミヤビは大人しくなった。成長と考えればいいのかもしれないが、大雅にはどうしてもそう思えない。
「わたしね、将来はお兄ちゃんと二人で暮らしたい」
大雅は驚いてミヤビのほうを見た。そしてその光景に思いを馳せる。
数秒して、大雅は泣きそうになった。想像したのはとても愛おしくて光に満ちていて、現実になりそうで恐らくならないものだ。大雅はそのときまで生きていられるのだろうか。生きたい。それでもこの運命はそれを許してくれないかもしれない。
「……静かな場所がいいな」
大雅は小さくそう言った。ミヤビはふっと微笑む。
「そうだね、海が見えるところがいい」
「島とか?」
「うん。朝起きて、カーテンを開けたら海が見える。家の外は潮のきれいな匂いと、眩しい青で、それで……」
ミヤビは半分目を閉じる。
「約束だからね」
「約束だよ」
二人でささいな約束を交わす。二人で静かな場所にいるのは安心した。小指を絡め合わせ、笑いあう。この幸福がいつまでも続けば幸せになれると思った。




