Parliament building 70th floor2 議会庁舎ビル70階2
「さっさと終わらせようぜ。タバコのない世界とか、地獄かここ」
アンブローズは肩からかけた工具バッグを雑にかけ直し、エレベーターから出た。
つかつかとカメラのあるホールのいちばん奥へと歩を進める。
「終わったらカウンセリング受けに行こうよ、アン。つきそってあげるから」
ジーンが早足であとをついてくる。
「保護者か」
アンブローズは眉をよせた。
ともすると階級が下なのすらちょくちょく忘れてるよな、こいつと思う。
広いホール内は、だれもいない。
いちおう設備の点検と届け出たので、国会審議中のなるべく人の行き来の少ない時間帯を選んでいる。
「だれもいないね」
ジーンがホール内を見回す。
「だれにも作業見られず終わりそうな気もするけど、ドロシーちゃん、何でアンをご指名したんだろ」
「お嬢さま経由だから俺一人がご指名みたいなセリフになってたが、間違いなくおまえもご指名に入ってる」
アンブローズはそう返した。
「光栄です」
ジーンが、この場にはいないドロシーに向けてペコリと会釈する。
「まえにモールス信号で接触したさいに、おまえにもあいさつしてたからな」
ホールいちばん奥のカメラの下にたどりつくと、アンブローズは工具バッグを床に置いた。
バッグのフタを開け、付属のスイッチを入れる。
油圧でハシゴがゆっくりと伸びた。
コンパクトに折りたたまれているため、一メートルから二十階ていどの高さまで対応できるハシゴだ。
もとは災害避難用に開発されたものだが、いまは作業用にも一般化している。
カメラに届くあたりの高さで調節して止めた。
右足をのせ、体重をのせてもグラつかないなのを確認して登る。
以前にここに来たさいには夜だったので、窓の外には無数のビルの明かりがならんでいた。
きょうは、やや曇った空を鏡のように映し出すビル群が窓いっぱいに見える。
アンブローズは軍手をはめた。
ハシゴを跨いでてっぺんに立ち、梁のところに設置されたカメラの裏にあるNEICのロゴをたしかめる。
あとづけでつけられた空間光変調機能とDNA解析機能を確認するためカメラの裏のほうをのぞきこむ。
「付けたときは、だれに付けさせたんだ?」
カメラのプログラムをクラッキングして設定を変える方法もありそうだが、あえてそちらを使わなかったのは、むしろ気づかれやすいからだろう。
「いまどきデジタルの小細工したらすぐに探知されて解析されるしな。アナログのほうがバレにくいってか」
そうつぶやいて、外すべきネジの見当をつける。
「ジーン、ドライバー」
ハシゴの下に向けて手を伸ばす。
「なんかこう、“メッツェ” みたいな言いかたするね。医者のふりもしたことあんの? アン」
「看護師のふりなら」
手渡されたドライバーで、カチャカチャと見当をつけたネジをはずす。
「……おまえ、いまなんか変なもん想像したろ」
「一世紀くらいまえのえっちな看護師さんのコスプレが唐突に頭のなかに」
アンブローズは、無言でネジを外しつづけた。
ジーンは、とくに返事は期待してないふうで見上げている。
そうか、こいつのおふざけは無視すりゃいいのかと今さらながら学習した。
「ジーン、ネジ」
外したネジを下にいるジーンに差しだす。
ジーンが手を伸ばして受けとった。
「持ってろ」
「俺の役目、きょうはこれだけかな。だといいけど」
ジーンが議事堂の扉のほうを見る。
カチャカチャ、とネジを外しながらアンブローズは耳を澄ませた。
議事堂の壁と扉は防音になっているが、それにしても静かなような。
通常なら音は漏れずとも人の動く気配のようなものがある。
「ジーン、手出せ」
アンブローズはさらに外したネジを二、三個つまみ、下に手を伸ばした。
「兄さん」
とつぜん若い女の声がする。
女性議員か女性秘書、もしくは議会庁舎ビルの女性職員くらいならここで行き合うのを想定していたが、「兄さん」とは。
声のしたほうを見やる。
ホールをかこむ大きな一枚ガラスのまえだ。
曇り空を映すビル群が林立する景色を背に、スラリとしたスタイルの女性が一人立っている。
長い黒髪、アンブローズによく似た顔立ち。白地に大きな花柄のタイトのワンピース。
「え……ドロシーちゃん?」
ジーンが、こちらに手を伸ばした格好で目を見開く。
「じゃない、えと。ダドリー閣下!」
そう声を上げてあわてて敬礼する。
「兄さん、おつかれさまです」
ドロシーが微笑した。




