Parliament building 70th floor1 議会庁舎ビル70階1
議会庁舎ビル。
かつての議会庁舎だった時計塔の真向かいにあるこのビルは、最上階の七十階は政治関係者、軍人、官僚などしか出入りしないフロアだ。
リニアモーターによりロープレスで動くエレベーターは、上下だけでなく左右へも移動する。
音もなく動くエレベーターの籠に作業服で乗りこみ、アンブローズはタバコのソフトパックを取りだした。
一本を引っぱりだしくわえる。
「こんなところまで持って来てるんだ、“現場監督” 」
同じく作業服のジーンが壁ぎわで苦笑する。
「一世紀まえなら火災報知機が鳴ってたとこ?」
「一世紀まえならな」
アンブローズは唾液で火をつけた。
『火のもとを検知しました。ただちに消火してください。消火がなされない場合、五秒後に火災報知器が発動します』
とたんにAIのアナウンスが籠のなかに響く。
「まじか」
アンブローズは眉根をよせて籠の上部を見上げた。
「消して! いますぐ消して大尉……じゃない現場監督!」
ジーンが苦笑いする。
アンブローズは、胸ポケットから携帯用灰皿を取りだした。
つけたばかりのタバコを消す。
「このまえ来たときは平気だったんだけどな」
籠の天井を見る。小さなレンズのようなものがあった。火を検知しているのはあの部位だろうか。
「こんなとこでまで吸う人が出入りしたからじゃないの?」
ジーンが苦笑する。
「おまえ、いちばん直近で七十階に来たのいつだ」
「んーと」
ジーンが宙を見上げる。
「四年くらいまえ? 士官課程にいたころに見学と実地研修を兼ねて連れてこられたくらい?」
「まあ、軍関係者はそんなもんだよな。比較的よく出入りするのは上層部の人間くらいか」
アンブローズはもういちど天井を見上げた。帽子の鍔を顔のほうに引く。
「アンは? 最近きたの?」
「ああ……」
アンブローズは作業服のポケットをあちこちさぐった。
「特別警察に呼び出されて。来たらドロシーそっくりのヒューマノイドがいた」
「うっわ」
ジーンが顔をゆがめる。
「その話、ここかあ……」
「ピンヒールにノースリーの服で迫って来やがった。ドロシーはピンヒールなんか履かないのにな」
「履かないんだ」
「あれはせいぜいハイヒールかプラットフォームシューズだ。変装するとき以外は」
アンブローズはしかたなくガラス壁の向こうに広がるビルの谷間をながめた。
何となくあちこちのポケットをさぐる。
「どしたの」
ジーンが問う。
「電子タバコか何かねえ?」
「つまり何かくわえてないと気がすまないわけ?」
ジーンが宙を見上げる。
「チュッパチャップスとかにしたら? 七十階って売店とかあったっけ」
「子供か」
アンブローズは吐き捨てた。
「大巨匠のサルバドール・ダリがロゴデザインした由緒正しいキャンディじゃん」
七十階は、まるまる国会議事堂になっている。
付属のホールは政治関係者や軍関係者の休憩所のようなところだ。外部の人間が来ないからこそ機密に関わる雑談もある程度できる。
そんな駅の売店のようなものはない。
「それ以前に、あんな甘いもん口に入れられるか」
アンブローズはポケットをさぐるのをやめてため息をついた。
「さっさと終わらせて帰るか……」
「……帰ったらカウンセリング受けたほうがいいレベルに思えてきた」
ジーンが眉をよせる。
「空間光変調機能とDNA解析機能って言ってたっけ。アリスちゃん」
ジーンが話を切りだす。
「空間光変調機能は、写った人の体の内部を透視画像で見るためか。んで、DNA解析機能はそのまま写った人のDNA解析するやつ」
「あからさまにヒューマノイドの成りすまし監視する機能だな」
アンブローズはつぶやいた。
「そんな機能つけてるんなら首相とか下院議長がヒューマノイドにすり変わってるの気づいてたんじゃ? アリスちゃん、何で言わなかったんだろ」
「良心的に解釈するなら、つけたのは首相と下院議長の骨が見つかったあと、もしくはたまたまそれを推測できる映像に行きあたってなかった。ふつうに解釈するなら、軍とも俺たちとも情報をすべて共有する気は基本的にはなかった」
「伴侶がどうとか言ってなかったっけ」
ジーンが宙を見上げる。
「中身の半分が百歳の爺さんのフランス人形のトーク機能なんかいちいち真に受けるな」
アンブローズは窓の外で太陽光を反射するビルの谷間を見下ろした。
「悪意と解釈するなら企業として利益誘導にでも利用するつもりだった、いざとなったらNEICを脅迫するネタにでもするつもりだった」
「いつもいつもいろいろ浮かぶもんだね……」
ジーンが苦笑いする。
エレベーター内臓のAIが、七十階への到着を告げた。




