smokescreen2 タバコの煙に隠れた2
アリスがしずしずとイスに歩みよる。
背が低いので座面に手をついて座る姿はほほえましいのだが、中身は油断のならない生物だ。
アンティークふうのドレスを自身で直す。
美形の護衛ヒューマノイドが横から手をだして手伝った。
「クラッキングなんてずいぶんまえからご存知でしたのに、なぜ今ごろお聞きになるの?」
アリスが膝に両手をそろえて置く。
「聞いたことのみに答えろ」
アンブローズはタバコを強く吸った。
「企業秘密という答えではだめなのかしら」
「その企業秘密が国防に関わってくる可能性があるのしたらだめだな」
アンブローズは答えた。
アリスがじっとこちらを見上げる。
「ほんとうにお聞きしたいのは、なにかしら」
アンブローズは無言でタバコを吸った。
何で呼ばれたかとっくに分かってやがんなと思う。
「AIの学習汚染」
アンブローズはきっぱりとその言葉を口にした。
「三年かけて目的が可能なところまで持っていきやがったのか」
トントンとタバコを指先でたたき灰を落とす。
「どうりで自社の頭おかしくなった特別警察ヒューマノイドをいつまでも放置してると思ってた。たしかにそこは三年間ずーっとひっかかってた」
アリスが小さな口からため息を漏らす。
「さすがわたしの見込んだ殿方ですわ。かなり自然にやったつもりでしたのに、思ったよりも早く見破られてしまいましたわ」
「たどりついたのは相方のほうだ」
ちょうどキッチンから紅茶を運んできたジーンをタバコで指す。
「七十点ですわ」
とたんにアリスが拗ねた顔をする。
「なんで俺だと評価変わるわけ」
ジーンが苦笑いした。
淹れてきた紅茶をジーンがそれぞれの手前に置く。合成とはいえなかなかに芳しい香りがただよう。
「意図的ってだけで違法だ。そこは分かってるな、お嬢さま」
アリスが真顔でこちらを見上げる。
「どうぞ、逮捕してよろしくてよ。あなたに連行されるなんてステキだわ」
小さな手をクロスさせ、いつでも拘束を受けるというようなしぐさをする。
「……俺を舐めてんのか、お嬢さま」
アンブローズは、くわえタバコで空いていたイスに座った。
テーブルに肘をつき、あらためてアリスと目を合わせる。
「黒い瞳、きれい」
アリスが間近で目を合わせてつぶやく。
「それはドロシーの指示か」
アリスが一瞬だけ目線をそらした。
それで察せた気がする。
「知らなかったことにしてやる。今後、保安局なり特別警察なりにバレた場合にはいっさい知らんが、俺はここで見逃してやる」
「あなた……」
アリスが大きな目をうるうると見開いて手を組む。
「ちょっと、アン」
テーブルにつこうとしたジーンが非難するような口調で口をはさんだ。
「そういうわけだ、ウォーターハウス中尉。おまえも口外するな」
「なに見逃すって。なんなの八歳幼女のハニトラに乗っちゃうの?! アンってそういう人だったの?! 国防と快楽のどっちがだいじなの。俺との毎晩のあれは遊びだったの?!」
アンブローズは眉間にきつくしわをよせてジーンを見た。
「……ドサマギで唐突におふざけやめろ」
「いや緊張した空気がちょっとは解れるかなって」
ジーンがヘラッと笑う。
アンブローズは目線を下げてタバコを吸った。
二人から外れた方向に顔を向け、水蒸気成分の煙を吐く。
「何も私情で見逃すわけじゃない。ドロシー主導なら邪魔する理由はないしな。俺としてはドロシーがAIの学習汚染で何かやろうとしてるってのが分かればいい」




