smokescreen1 タバコの煙に隠れた1
三十分後。
玄関口の旧式のドアチャイムが鳴る。
めんどくせえが仕事か、と思いながらアンブローズは頭をかいた。
寝室からリビングとキッチンを通り数歩ほどの玄関先にくる。
魚眼レンズをのぞくと、長身の美形ヒューマノイドの丸くゆがんだ姿が目にはいった。
目線を下にさげる。
ケーキらしき大きな箱を持っているアリスがこちらを見上げている。
このまえのエプロンドレスとはうって変わって、いつものアンティークふうのドレス。
服装の趣味、嫌がられているのに性懲りもなく持ってくるケーキの箱。
アリスの行動パターンのなかで、およそヒューマノイドには理解も再現も不可能だろうと思われる箇所は本人と一致している。
アンブローズは、無言で開鍵した。
ドアを開けずヒップポケットに入れた拳銃に手をかける。
「開けてはいただけませんの?」
ドアの向こうからアリスが問う。
「護衛に開けてもらえばいいだろう」
アンブローズはそう答えた。
「あいかわらず冷たいかた」
アリスが拗ねたように言う。
ややしてから護衛ヒューマノイドが静かにドアを開けて会釈する。
アリスが膝を折りカーテシーのあいさつをした。
「お招きいただいてうれしい」
「招いてない。呼びだしだ」
拳銃に手をかけたままアンブローズは言葉を返した。
「つまらないものですが」
アリスが手にしたケーキの箱をこちらに差しだす。
「つまらないものなら持って帰れ」
「東洋の奥ゆかしいあいさつをご存じありませんの?」
アリスが飴色の眉をひそめる。
「カーテシーのつぎに何で東洋のあいさつだ。統一しろ」
ふう、とアリスがため息をつく。
「いつもながら厳格でいらっしゃるのね」
「あ、アリスちゃん」
ジーンが苦笑いしながら玄関口にあらわれる。
さすがのこいつもアリスには苦手意識を持ちはじめたらしいとアンブローズは察した。
わけの分からん感性と分析の変人に苦手意識を持たせるのお嬢さまは、さすがなのかもしれんと思う。
「いつもいらっしゃるのね。上官の自宅に入り浸るなんて軍内の倫理的にどうですの?」
アリスが不機嫌な顔でジーンをにらむ。
「ごめんねアリスちゃん、俺とアンはもう……」
「ポーズだけのゲイ話は聞き飽きましたわ。あなたのこのかたを見る目は、ぜったい恋する目じゃありませんもの」
アリスが、ジーンを見上げてビッと指さす。
「毎晩寝室でいっしょに過ごして、おたがい離れら……」
「会話が噛み合ってないぞ、おい」
アンブローズは拳銃から手を離した。
さきにリビングに戻り、タバコのパッケージを手にとる。
一本をとりだしてくわえた。
「あのかた、ブランシェット氏のご紹介で組んだのでしたかしら」
アリスが勝手にリビングについてくる。まだ玄関口にいるジーンをチロッと目線で指した。
「あれの上官がブランシェット准将に紹介した」
「さすがの遺伝子選別ですわ。生まれながらの情報将校。偽装を本能的にやるようなかたですのね」
アリスが警戒の混じったような口調で言う。
アンブローズは軽く目を見開いた。
「おふざけ好きはもともとなんでしょうけど、あなたと組むならゲイのおちゃらけがいちばん効果的って本能で計算してますのよ、たぶん」
「何でそんなもんが効果的だ」
「ツッコミどころを作って会話のきっかけにしてるんじゃないかしら」
アンブローズは煙を吐いた。
リビングに入ってきたジーンと目が合う。
「とりあえずおまえが本物のゲイじゃないのは、あらためて確認した」
アンブローズはそう声をかけた。
「え、やだな。俺はアンのこと」
「ご用事のまえに、お持ちしましたケーキをいただきましょう。ニセのゲイのかた、お紅茶を淹れてくださる?」
ジーンが苦笑する。
きびすを返してキッチンのほうに踏みだした。
「ケーキはいらん。用事だけすませてケーキとともに早々にお帰りいただく」
アンブローズはテーブルの上の灰皿に灰を落とした。
「バニラクリームが溶けてしまいますわ」
アリスがケーキの箱をテーブルに置く。
「箱に保冷機能くらいないのか」
「恋人とすぐに食べますから、ふつうの箱でいいとお店のかたに伝えましたの」
アリスが頬に手をそえる。
そのときの店員の顔が見たかったなとアンブローズは思った。
「ジーン」
キッチンにいるジーンに呼びかける。ケーキの箱を顎でしゃくった。
「尋問のあいだ、冷蔵庫に入れといてやれ」
「え? あの旧式の?」
ジーンが、まえの住人が置いていった前世紀製造の冷蔵庫を見つめる。
「旧式でもちゃんと冷える」
「え、紅茶は?」
「いらん」
「喉がかわきましたわ。スムーズに供述する声が出ますかしら」
アリスが頬に手をあてて困ったように顔をかたむける。
「……三人分の紅茶。合成の安物でいい」
アンブローズはそう指示した。
「お嬢さまは座れ」
そう告げて、イスの一つを引く。
「まず尋きたいのは、NEICのサイバー空間へのたびたびのクラッキングの目的だ。アリス・A・アボット」




