Data poisoning5 データポイズニング5
「あとは」
アンブローズはタバコの煙を吐いた。
「あとはNEICのサイバー空間でアリスちゃんと何回も鉢合わせしてたとこかな」
ジーンが記憶をたどるように宙を見上げる。
「それ関係あるか? そこはべつの目的っぽいと見てたんだが」
アンブローズはタバコの灰を灰皿に落とした。
「目的が一つとはかぎらないでしょ」
「何べんも鉢合わせしといてあれの目的は何もつかんでなかったのか、おまえ」
アンブローズは眉をよせた。
「勘弁して。すごいいきおいで飛行してるピンクのティディベアだよ? 捕獲しようとしたらカマイタチみたいにやられそうじゃん」
ジーンが苦笑いする。
たとえがいちいちデジタルとリアルがごちゃ混ぜすぎてピンと来ない。通じる人間には通じるのか。
「……カマイタチとは? ウォーターハウス中尉」
「ジャパンのモンスター? 小動物? 何かものすごい突風に乗ってバサッと切られる的な?」
ジーンが記憶をたどるような表情をする。
「……まあ推測するとしたらNEICが特別警察に送信したマルウェアのプログラムをさぐってたか、カウンターで何かできないか探ってたってところなんだろうが」
アンブローズはつぶやいた。タバコを強く吸う。
「あとは……んー」
ジーンが、記憶をさぐるように視線を横にながす。
「ここんとこずっとディスプレイ見まくってビッグデータ分析やってたじゃん。特別警察につながる情報もないなって気づいたんだよね」
「……どんな頻度で」
アンブローズは問うた。
「あ、アンもこういう分析の感覚分かってきた?」
「分からん。何となく言った。頻度だいじなのか」
アンブローズはそっけなく答えた。
「特別警察は、ちょっとまえからカッチリないね。なんで気づかなかったんだろ」
「けっこういい材料そろったな」
アンブローズは灰皿に灰を落とした。
「大尉のお気に召しましたか」
ジーンがニッと笑う。
「ドロシーが裏で効果的に潰すとこ潰してんのは確実そうだと判断した」
「アン、合理的すぎって言われない?」
「おまえが直感的すぎる」
アンブローズはタバコの煙を吐いた。
「にしてもアボット社だ。NEICを返り討ちにするだけでなく、これを機に目ざわりな二番手を根絶やしにしようってか」
アンブローズはつぶやいた。タバコの灰をトントンと落とす。
「ぶっちゃけ自国の軍につくか外国勢力につくかをどこかの時点まで慎重に見てやがったんだろうな」
「そういう背景もあるのか。ちょっとえげつないな」
ジーンが苦笑いする。
まあ長く生きてる企業や財閥なんてものは、たいがいこうやって生き延びてんだろうとアンブローズは思う。
「アリスがケーキ談義でごまかしやがったのは、AI学習汚染なんて発覚すれば企業の信頼から崩れるからか」
「あーなるほど」
ジーンが相づちを打つ。
「でもたぶん、必要でそれ以外ないと判断した」
ジーンがそうつづける。
アンブローズはうなずいた。
「まあ……ここで考察なんかいくらしても確証は得られないな。そうと決めつける物的証拠はほとんどないが、こっちも保安局とはちがう」
灰皿に灰を落とす。
「証拠がなけりゃ、拷問しても吐かせるだけだ」
「ちょっとアン? 拷問も違法」
ジーンが苦笑いした。
「まさかアリスちゃんにじゃないよね」
「もういちどアボット財閥総帥を尋問する」
アンブローズは、米噛みに指先をあてた。
アボット財閥総帥直通の通話にアクセスする。
目のまえの空間に、回転する歯車のような表示が投影された。
「──あらあなた。なにかしら」
ほとんど間を置かずアリスが通話に応じる。
「早いな。もしかして待ってたか?」
「──あなたからの通話なら、なにを置いても応じましてよ」
アリスが告げる。
八歳のガキがどこでそういう返しを覚えるんだろうなとあらためてアンブローズは思った。
「総帥なら仕事を優先しろ。感情の問題ごときで義務を放棄とかあるか」
「……アン、合理的すぎるって……」
ジーンがベッドに座ったままで苦笑する。
「いますぐここに出向くか、オンラインでの尋問に再度応じろ。断る権利はあるが、そのさいはこちらもそれなりの対応をする」
「了解しましたわ。──強引でしかたのないかた」
アリスがため息をつく。
「いますぐアデル・フリッカの新作のイチゴケーキ、桃薫とヴァニリエクレームのプリンセッサ・トータを持参してそちらに出向きますわ」
「……手ぶらでいい」
アンブローズは眉をよせた。




