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17/22

17:23の昼下がり


 今日ほどアパートの部屋が一階で良かったと思ったことはない。


 爺ちゃんから薄揚げと厚揚げが届いた一時間後、コンロ二十三台とボンベ二四〇本が届いた。

 配送業者のお兄さんも数量からして個人購入だとは思っていなかったらしく、半笑いになって運び込みを手伝ってくれた。


 俺の部屋が倉庫状態になるのは分かってたから構わない。

 そんなことよりも、今月末に家賃とか光熱費とか払ったら、口座残高が二万ちょっとになってしまう…


 かなりヤバい。ヤバすぎる。

 引っ越し費用どころか食費すらない。

 おまけに、さっき調べたら除雪機が三十万くらいすると判った。

 取り敢えず、車を借りに行こう。


「お帰りひなた、久しぶりだな。仕事には慣れたか?」

「ただいま。たぶん今期の個人トップセールスを獲れるだろうって部長に言われた。そうなったら社長賞もらえるってさ」

「トップ……冗談だよな?」

「冗談になるかどうかは半年後だね。っていうか父さんと話してる場合じゃない」

「おい待てよひなた!」


 母さんに「夕方まで貸して」と車を借りアパートへ戻った。

 婆ちゃんから電話があったらしく、『あら? 義父さんのお揚げは?』と。

 先輩にお裾分けするから無理と答えたら、物凄く不満そうだった。


 コンロとボンベと携行缶と爺ちゃん謹製のお揚げを積んで速水さん家へ。

 コインパーキング代さえ惜しいと思ってしまう。


「んんっ!? 美味しい! こんなに美味しい厚揚げ食べたことないよ!」

「良かったです、爺ちゃんに伝えておきます。ところで速水さん」

「ん?」

「来月早々に破産しそうな危機的状況です」


 水曜から昨日までの三日間で五〇万円近く遣ってしまい、チェンソーと除雪機を買うなら更に六〇万円くらいかかる。

 チェンソーと除雪機を買うと、必然的に車も買わなければならない。

 更に除雪機を積めるシートアレンジが可能な車種は限られ、車検や燃費まで考慮すれば、中古車でも二〇〇万円前後になってしまいそうだ。


 詰まる所、最低でも三〇〇万円くらい入らないと経済的に詰む。

 あっちの金が売り物にならないようなら即詰むけど、そこは大丈夫だと信じるしかない。


「そうだと思ってた」

「そんな訳で、お金が入るまであっちに滞在しなければいけません」

「うん、すぐ行こう」

「その前に美優さんのお店へ行きましょう」


 美優さんにも俺の状況を伝えておく必要がある。

 お揚げをお裾分けするとも言ったし。


「本当に美味しいわ。箸が止まらないもの」

「すごく美味しいよね。お揚げも生姜醤油が美味しいって知らなかったよ」

「刻んだ薄揚げとネギたっぷりのうどんとか蕎麦も美味しいですよ」

「やだ美味しそう。お取り寄せはできるのかしら?」

「薄揚げと厚揚げはやってますけど、今だと半月くらい順番待ちだと思います。寒くなるほど順番待ちが増えます」


 爺ちゃんと婆ちゃんと叔母さん夫婦の四人だから、作れる量に限界がある。

 絹漉と木綿、おぼろ、湯葉、薄揚げ、厚揚げを作っているけど、爺ちゃんは揚げ物しかネット販売しない。

 それも叔母さん夫婦が説得して漸く始めたと父さんが言ってた。

 地元の料理屋さんの購入も結構多いみたいで、店頭売り分も昼までに完売してしまうとか。


「この味ならファンが多いのも納得できるわ」

「爺ちゃんが値上げしないもんだから余計に売れちゃうみたいで。毎日食べる物が高いのは駄目だって。勘次郎豆腐で検索すればヒットします」

「今どき貴重な心意気の職人さんね」

「大豆以外は大雑把ですけどね。ところで美優さん」

「なに?」


 速水さんに話したと同じ内容を伝え、金を持ち込んだ際には可能な限り早く入金して頂きたいとお願いした。


「新卒で入社半年なら持ってた方じゃない?」

「学生だった頃のバイト代とかも貯めてたので」

「分からないのだけど、なぜ愛琉はお金を出さないの?」

「俺が受け取らないと言ったからです」


 あの時に速水さんが声をかけてくれなかったら、俺は異世界に行けてない。

 速水さんが仕事の押し付けを教えてくれたからこそだと思うから。

 でも、もし独りで行ってたとしたら、今よりもっと酷い状況に陥ってた確信がある。金で支払ってもらうアイデアさえ浮かばなかったと思うから。


 要するに、今後もラウネ村の役に立てそうなのは、速水さんのおかげだ。

 本音を言うと、何もかもおんぶに抱っこでは恰好が悪い。


「男の考え方ね」

「私もひなたくんの気持ちを尊重するの。ひなたくんが私の好きなことを尊重してくれるのと同じ。他に出来ることは何でもするけど」

「はいはい、愛琉はやっと青春し始めたのね」

「これが、青春…?」

(アンドロイドの台詞みたい)


 さておき、これからあっちへ行ってコンロとガスを納品したらすぐ戻る。

 戻ったら車を返してバイクで再びあっちへ行く。

 そのままジェリドさんが帰ってくるまで五日間ほど滞在し、村長さんから金を受け取ったらこっちへ帰って来る。


「金を持ってここへ来るのは、たぶん五時間後くらいです」

「五日間滞在するのに五時間後って、ややこしいわね」

「ですよね(苦笑)ここで美優さんにお尋ねしたいのは、」

「金の質が良いとして、いつ入金できるかね?」

「仰るとおりです」

「ネットバンキング使ってる?」

「はい」

「口座はメガバンク?」

「はい、これが口座情報です」

「ウチと同じだから、遅くとも三〇分以内に着金するわ」

「助かります」


 これで予定が組める。

 調べてみて判ったのは、冬が近づくほど除雪機が長納期になること。

 当たり前と言えるけど、大雪が降るとバックオーダーが溜まるらしい。


 お金が入ったら先ずは除雪機を注文する。

 車も中古車の方が短納期だから、探して買って納車を待つ。

 忘れちゃいけないのはホイルセットのスノータイヤ購入だ。

 一トン級の油圧ジャッキも欲しいところ。あとトルクレンチもか。


 チェンソーはネットで買えるみたいで、納期が意外と短い。

 早めに〝伐木等特別教育〟を受けて、安全な使い方をマスターしなければ。


 並行でガソリン携行缶を増やしつつ、オイルも購入してあっちの備蓄を増やす。

 車や除雪機、チェンソーもオイル交換や充填が必須だ。

 それ用の工具も買い揃えないといけないし、作業服も必要になる。


「もうワクワクしかしない!」

「やること多いけどワクワクです。あっちの寝室用にストーブも買いましょう」

「灯油のやつ! お餅焼くー!」

「いいですね。折り畳めるマットレスとふとん、枕なんかも揃えましょう」

「村長さんたちが欲しがりそう(笑)」

「寝袋を羨ましいと言ってましたからね(笑)」

「イラっとするくらい楽しそうね…」

「ひなたくんに聞いたけど、美優お参り行くんでしょ? サボったらダメだよ?」

「初回で異世界へ行けた愛琉に言われたくないわよ!」

「うふ♪」

「来週くらいに薄揚げをお供えすれば、お稲荷さんが喜ぶと思います」

「そうするわ。主人も強制参加ね」

(目が本気だ…)


 お稲荷さんに薄揚げをお供えして柏手打って異世界へ。

 車で行ったもんだから、また村の前に男性陣が出て来た。

 もうジェリドさんがいなくても顔パスになったのが嬉しい。


 コンロとボンベを村長さん家に納品し、各家庭への説明と配布はお任せした。

 アシドさんが走って「受け取りに来い」と連絡するそうだ。

 代金を一括で払える家庭が大半だと聞いて驚いた。

 商店がなく自給自足なので、作物を売って稼いだお金の遣い処がないのだろう。


「ひなたくん、私も一緒に行きたい。ダメかな?」

「行くって、俺の実家にですか?」

「うん。待っててもやることないし」


 速水さんと実家へ行くことになった。母さんの反応が超絶不安だ…


「な、何でひなたなんかにこんな綺麗な彼女さんが出来るの!? お父さん大変っ! 村上家の大事件よっ! お父さんってば!」

「(なんかにって)騒がしくてすみません。おまけに彼女だなんて…」

「ううん、私のお母さんも同じ感じだよ(笑)」


 リビングで母親警部の取り調べを受けていると、父さんがスーツ姿で現れた。

 母さんがヨシヨシと頷いてる。ウチは総じて頭がおかしいようだ。


「は、初めまして、ひなたの父をやっている村上陽司で、と申します…」

(どんだけ緊張してんだよ! 気持ちは分かるけども!)

「突然お邪魔してしまい申し訳ございません。速水愛琉と申します。ひなたくんには毎日お世話になっています」

「「毎日なの(ですか)!?」」

(誰か俺を殺してください! 一家諸共に!)

「はい、毎日です。来月からは二人で暮らす予定でおります」

「「はあ!?」」

「速水さん言い方! ルームシェア! ルームシェアです!」

「私としたことが。ルームシェアをする予定でおります(女神の微笑)」

「「ひなたちょっと来なさい」」


 特別取り調べ室へ連行されました。トイレという名の。


「近いって! 黙秘権を行使する! っていうか帰る!」


 自分のバイクで走りだす。23の昼下がり


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