第30話 路地裏の疾風と孤独な魂(後編)
ヴィルシュタットの街を一望できる、郊外の高台。
夜の帳が降り、点在する時計塔の明かりが星空のように瞬いている。
少年は一人、その景色を見下ろしながら、膝を抱えて座り込んでいた。
「……いつまでついてくるんだよ。しつけーな」
少年の背後に、音もなくカイが降り立った。肩の上では、ハヌが「きゅぅ」と労うように鳴いている。
「さぁな?俺もよく分からない。」
カイは少年の隣に腰を下ろすと、眼下に広がる美しい街並みを眺めた。
「……一緒に来ないか?」
唐突な誘いに、少年の身体が微かに震えた。
「……はあ? 一緒にって……どこにだよ」
「俺は雇われの荷運び人だ。今はさっきの男達と一緒に旅をしている。お前のその脚があれば、立派にポーターが務まるはずだ」
少年は立ち上がり、怒りをあらわにしてカイを睨みつけた。
「……情けか? それとも、俺みたいな可哀想なガキへの憐れみか!? 施しなら、さっきの飯だけで十分だ。あんたらに、俺の人生まで指図される筋合いはねえよ!!」
少年の叫びが、夜の静寂を切り裂く。
だが、カイは表情を変えず、ただ自分の中から自然と出た言葉を、少年に告げた。
「いや……そんな大層なものじゃない。……なんとなくだ」
「……なんとなく?」
「ああ。なんとなく、一緒に運べるような気がしただけだ。理由なんて、それ以上は思い浮かばない」
嘘偽りのない、ぶっきらぼうな本音。
それが、これまで拒絶や孤独を突きつけられてきた少年の心を、不器用に突き動かした。
少年は毒気を抜かれたように立ち尽くし、やがて視線を落とした。
「……飯は、食えるのか?」
絞り出すような問いかけに、少年の顔には、初めて年相応の微かな笑みが浮かんでいた。
「……お前の働きによるな」
カイの軽口に、少年は「ケッ、ケチだな」と吐き捨てると、カイと並んで歩き始めた。
二人は、エリーナやゼーベルクたちが待つ屋敷へと向かうべく、高台を降り始めた。
しかし、屋敷へと続く森の入り口で、彼らを待ち構えていたのは、憤怒の形相を浮かべたゲイルであった。
「……カァァァイィィッッ!!!」
夜の森に、ゲイルの絶叫が響き渡る。
「貴様! 私にあの金額の勘定を押し付けて、自分だけお気楽に散歩だと!?当然、色を付けて返してくれるんだろうな!」
ゲイルの剣幕に、少年は「うわ、なんだあのうるさいの……」と引き気味にカイの影に隠れた。
カイはハヌと共に耳を塞ぎながら、
「……悪いな、ゲイル。こいつも連れて行くことにした。後のことは、エリーナに俺から話す」と、勘定には一切触れず、淡々と答えるだけだった。
怒り心頭のゲイルに追いかけられながら、新しい仲間を迎えた調査隊の夜は、騒がしく、そして温かく更けていったのである。




