第28話 偽りの神話の終焉と強者の真実(後編)
激闘の余韻が冷めやらぬ街道に、夜の静寂が訪れようとしていた。
盗賊団をまとめ上げ、猛威を振るい、周辺の町々を恐怖に陥れた盗賊団「灰色の飢狼」の首領バザル。
彼は今、虎の子の腕輪を砕かれ、敗者として騎士たちに縛り上げられていた地面に伏していた。
その正面には、ハヌを抱いたエリーナと剣を収めたゲイルが立ち、バサルを見下ろしている。
「さて……バザル。その『力』について話しなさい」
エリーナの凛とした声が響く。
カイはバザルの背後で不穏な動きを見逃さぬよう一挙一動を見ていた。
「ケッ……力の話だと? 偉そうに聞きやがって。勝ち誇るのも今のうちだぜ……」
「無駄な虚勢はやめることね。神の祝福を騙り、略奪を繰り返した罪は重いわよ」
エリーナが問い詰めると、バザルは血の混じった唾を吐き捨て、程度の低い態度を隠そうともせずに言い返した。
「神の祝福? ハッ! 何のことだ、そりゃ?」
「とぼけるな。お前は自分自身で言ったはずだ。『俺こそが神から祝福された選ばれし者だ』と」
カイの冷ややかな指摘に、バザルは一瞬きょとんとした顔を見せた後、肺を鳴らすような醜い笑い声を上げた。
「あ、ああ、あれか! あんなもん、嘘に決まってるだろ。神なんてこの世にいるかよ。薄汚い石像や壁画に祈って、腹が膨れるか? あんなもんは、馬鹿な下っ端どもをまとめて、俺の『神話』を演出するためのハッタリに決まってるだろうが」
神の存在を否定するその言葉に、ゲイルは息を呑んだ。
女神イリテスの加護を受け、その力をその身に宿した彼にとって、冒涜的な発言だった。
「……ならば、あの鉄槌の男、奴はどうなんだ」
ゲイルが、自分を圧倒した強敵について口にした。
痛みを感じず、岩山を砕くような膂力を振るった男。
「ああ、ゴードンの野郎か。あいつは……化け物のようなただの人間だよ」
バザルは面倒くさそうに言葉を続けた。
「あいつが、神に魅入られた訳ない。あいつは生まれ持って力が異常に強く、痛みを感じない特異体質だっただけだ。ただの人間さ。スラムで1人でいた所を俺が拾って、重宝してやっただけのな」
その言葉が、街道の空気を凍らせた。
ただの人間――。
神の祝福も魔術の恩恵もなく、ただ己の肉体だけで、祝福を受けた騎士と互角以上に渡り合っていたという事実。
神捨ての遺構のゴーレムや禁忌の森の魔獣とは異なり、自分たちの祝福が一切反応しなかった理由が分かった。
神の加護に依存しない「純粋な暴力」の前では、彼らの神性は反応しない。
その納得感と共に、ゲイルの心には、自らの慢心を恥じる新たな思いが芽生えていた。
「バザル、最後に一つ。その腕輪はどこで手に入れたの?」
エリーナが、砕けた漆黒の宝石の残骸を指さした。
バザルを一時的にでも人外に変えた魔道具。
問いかけに対し、バザルは顔を顰め、記憶の糸を辿るように目を泳がせた。
「……腕輪? ……あ、ああ、ありゃあ……いつだったか。襲った馬車の、御者の男から奪った……。いや、待てよ……? あっ? 女だったか? 森の中に一人でいた奴を……襲った、のか? ……違う、アジトにふらりと来た奴に……」
バザルの表情が、次第に混乱に支配されていく。
「……なんだ? 記憶が抜け落ちてやがる。手に入れた時の状況が、思い出せねぇ。……クソッ、何だったんだ……?」
男の記憶は腕輪の入手に関する部分のみ混濁し、支離滅裂な言葉を繰り返すばかりとなった。
エリーナはその様子を観察し、厳しい表情でバザルを見つめた。
「魔術による記憶操作……あるいは、認識を阻害する強力な術式がかけられているわね。……盗賊団に危険な魔道具を渡し、出所については本人も気づかぬうちに記憶を混濁させる。この男に腕輪を渡した存在にはとんでもない犯罪の匂いしかしないわね。」
彼らが目指す学術都市の先、世界の崩壊を食い止める旅路には、神々だけでなく、人間の側の「悪意」もまた深く絡み合ってくる予感が拭えない一行であった。
「……後のことは、ヴィルシュタットの憲兵に任せましょう。今の私たちには、この男をどうこうする手段もなければ構っている時間が惜しいわ。」
エリーナはそう結論づけると、周囲を固める騎士たちへと向き直った。
「バザルの処遇は、都市に到着してから憲兵に引き渡します。それまでは、騎士二人体制で厳重に監視をつけなさい。絶対に逃がしてはならないわ」
こうして、バザルを捕縛したまま、調査隊は再び動き始めた。
学術都市へ向かう車列は、夜の帳を切り裂きながら北へと進む。
数日後。
霧の向こうに、古の知性が集まる都市、学術都市ヴィルシュタットの巨大な尖塔群が姿を現した。
ゼファムを出発して以来、死闘を繰り広げてきた一行にとって、その光景はようやく辿り着いた安息の地のように見えた。
門をくぐり、都市の冷涼な空気の中、約束通りバザルは待ち構えていた憲兵隊へと引き渡された。
「……さて、護衛の皆はここまでありがとう。街の中は安全だから先に宿に行って休んでいて。ここからは私たち学者チームの戦いよ」
エリーナは、赤いストールを揺らすハヌを肩に乗せ、決意に満ちた表情で前を見据えた。
彼女が目指すのは、かつての恩師であり、偏屈で知られるゼーベルク教授のもとだ。
世界の真実、澱の正体、そして神々の戦いの続き。
一行は、知の殿堂へと、力強い一歩を踏み出していった。




