第28話 偽りの神話の終焉と強者の真実(中編)
砂塵が舞い、夕闇に染まりゆく街道の中央で、二つの異形が火花を散らしていた。
一方は、魔道具の腕輪によって「蛇神化」を果たし、人ならざる鱗と筋力により暴威を振り回す略奪者バザル。もう一方は、膝の神カリウスの祝福を宿し、神速の領域を駆ける運び屋カイである。
「死ねッ! 死ね死ね死ねぇッ!!」
バザルの咆哮が夕闇を切り裂く。
漆黒の鱗に覆われた太い腕が、大太刀を小枝のように猛然と振り回していた。
その一撃は、洗練された剣技などではなく、純然たる暴力。
質量と加速が合わさった「破壊の権現」そのものだった。
大太刀が石畳を斬りつけるたび、激しい地響きと共に火花が散り、砕け散った石の礫が弾丸となってカイに襲いかかる。
だが、カイはその嵐のような連撃と礫の中を、紙一重の回避でやり過ごし続けていた。
カイは膝蹴りが、鋼鉄のような肉体に弾き返されたその瞬間から、カイの意識は次の一撃、すなわち「確実に相手を仕留める急所」へと切り替わっていた。
(……速いが…見える。)
カイにはバザルの身体の動き、もとい、バザルの関節の動きが見えていた。
バザルが放つどこまでも肥大化した人間の欲望と、それに伴う剥き出しの殺意。
当初、カイはそのプレッシャーに不快感を感じていたが、今やそのプレッシャーを飲み込み、生死を賭けた闘争に身を任せていた。
(もっと速く……もっとだ!)
神の祝福が、カイの全身の血管を熱い奔流となってが駆け巡り、夕闇に沈む周囲の色彩がモノクロへと退いていく。
「逃がさねぇぞ、鼠がッ!!」
バザルが石畳を粉砕しながら踏み込み、横薙ぎの一閃を放った。
それはカイの退路を断つ、死の扇状。
だが、カイは逃げず死の刃が迫る前方―バザルの懐へと、一直線に地を蹴り加速した。
そして、迫る大太刀へ跳躍。
重力をあざ笑うかのように「大太刀の腹」を一瞬だけ踏みつけた。
「これで、お前の『神話』は終わりだ」
空中で独楽のように回転し着地したカイが、すべての神力を左膝の一点に集約させる。
狙うのは、バザルの左腕で妖しく明滅し、バザルを人外たらしめている「魔術の源」――金細工の腕輪そのものだ。
バザルは返しの刃を背にいるカイに向けて放つ。
バギィィィィィィィィンッ!!!!
激しい衝突音と共に、街道に凄まじい衝撃波が吹き荒れた。
カイの膝蹴りは、バザルの左腕にある腕輪を、その核となる漆黒の宝石ごと粉々に打ち砕いた。
「ぐ、あああああ……ッ!? 俺の、俺の力が……!!」
絶叫を上げ倒れ込むバザルの身体から、紫黒の瘴気が急速に霧散していく。
鱗に覆われていた皮膚は人間の肌へと戻り、膨れ上がった巨躯は見る影もなく萎み、鋭い爪も牙も、消えていった。
腕輪という仮初めの力を失ったバザルは、もはやただの欲望を抱えた無様な男に過ぎなかった。
カイは荒い息を整えながら、膝の奥に走る熱い余韻を確かめた。
「ハァ……ハァ……。これで守れたな」
カイは倒れ伏し、気絶しているバザルを冷めた目で見下ろすと、泥まみれの服を軽く払い、ゆっくりと背後を振り返った。
そこには、強敵ゴードンを討ち取ったゲイルと、安堵の表情を浮かべるエリーナの姿があった。
首領とその右腕を失った盗賊団は、またたく間に制圧され、街道に、本来の静かな夜の風が吹き抜け始めた。




