第28話 偽りの神話の終焉と強者の真実(前編)
漆黒の炎が、夕闇に沈む街道を鮮烈に焼き払っていた。
神の祝福という特別な力に選ばれながらも、己の肉体と技を磨き上げただけで自分と同等以上の戦闘力を発揮する、目の前の大男ゴードンに対する、剥き出しの劣等感。
その感情が、長剣から燃え上がる炎に酸素を食らわせ、冷涼な北風さえも一瞬にして肌を焼く熱風へと変質させていた。
「はあああああッ!!」
ゲイルの咆哮と共に放たれた一閃が、空間を断ち切る。
対する長身の男、ゴードンは、かつての無機質だった表情に明らかな焦りと困惑を浮かべていた。
数日前、街道で相対したこの騎士の一閃は驚愕するものではなく、容易に勝てると判断した。
今でもその時の判断に間違いはなかったと思っている。
それが今や鉄槌の軌道を読み、あろうことか力比べでさえ自分を押し返し始めている。
ゴードンは、自らが振るう巨大な鉄槌で、迫り来る黒炎の刃を必死にいなし、躱し、防いでいた。
痛みを感じず、圧倒的な腕力を持った自身に倒せない人間など存在しない。
その自負こそが彼のプライドであり、強さの拠り所だった。
しかし、その誇りは、目の前の若き騎士の猛攻によって無惨にも引き裂かれようとしていた。
(簡単な、仕事のはずだった……)
ゴードンの脳裏に、苦い後悔がよぎる。
盗賊団の首領バザルに命じられ、馬車を襲い、邪魔な騎士を排除する。
ただそれだけの、これまで何度も繰り返してきた略奪の一環に過ぎなかった。
一度手合わせした際、ゲイルの力量は底が見えていた。
単純な膂力だけで粉砕できる程度の矮小な存在だと断じていたのだ。
それがどうだ。
いま目の前で黒炎を撒き散らし、自分を死の淵まで追い詰めている男は、自分と同じ、あるいはそれ以上の力を持つ「強者」へと成っていた。
「うぉぉぉぉ!!」
これまで徹底的に冷静を貫き、機械的に鉄槌を振るってきたゴードンが、ついに獣のような声を上げた。
それは、自身の存在意義を守るための、そしてゲイルという認めがたい現実を否定するための、剥き出しの殺意だった。
唸りを上げる鉄槌。ゴードンの腕の筋肉が限界まで膨れ上がり、空気を強引に断ち切る鋭い音が響く。
圧倒的な質量と速度で放たれたその一撃は、逃げ場を完全に封じる絶妙な軌道を描いていた。
これまでのゲイルであれば、避けることすら叶わず、直撃を受ければ肉が砕け、骨が粉砕されるはずの破滅的な攻撃。
だが、ゲイルは逃げなかった。
それどころか、死の塊とも言える鉄槌の正面から、自ら踏み込んだのである。
ズドォォォォンッ!!
凄まじい衝撃音が街道に響き渡る。
ゲイルは殺意の塊を、その身で真っ向から受け止めた。
しかし、彼の身体は砕けず、よろけず、それどころか石畳を力強く踏みしめていた。
「ぐぅ……ッ! 無傷とはいかんが……これで…」
ゲイルは女神イリテスの祝福の力を集中させ、一歩踏み出すことで鉄槌の芯をずらし、致命的な衝撃を逃がしつつ、その懐へと潜り込んだのである。
「終いだ!」
会心の一撃を防がれ、無防備を晒したゴードンに、抗う術は残されていなかった。
黒炎を纏った一閃が、ゴードンの胸元を深く切り裂き、その命の火を内側から焼き尽くした。
音もなく膝から崩れ落ちるゴードン。
巨大な鉄槌が手からこぼれ落ち、石畳に重い金属音を残した。
ゲイルは荒い息を整えながら、物言わぬ骸となった強敵を静かに見つめた。
神から祝福を受けたことに甘んじ、慢心していた心。
その至らなさを、ただ己の肉体のみを信じて戦ったこの「強者」が、死を以て教えてくれた気がした 。
ゲイルは血を払い、視線を戦場の中心へと向けた。
そこでは、激しい土煙が舞い上がり、かつてない不穏なプレッシャーが周囲を支配している。
もはや人間とは言い難い、禍々しい鱗と爪を備えた「蛇神化」を遂げたバザル。
それに対し、神カリウスの祝福を全開にしたカイ。
二人の怪物による、互いの命を賭した最終局面が、今まさに幕を開けようとしていた。




