3話 共闘の躍動(後編)
――オガァァァァッ!!!
咆哮一閃。
巨猿が放った怒涛の連撃が、大蛇の巨躯を激しく打ち据える。
カイと巨猿のコンビネーションは、初陣とは思えないほどに噛み合っていた。
カイは武器を持たない。
だからこそ、その役割は「極限のスピードによる攪乱」に特化していた。
カイが巨木の幹を『硬い石畳』へと変えながら右に左に爆走し、大蛇たちの視線を鋭く引きつける。
また、不意の一撃が無視できないほどの威力であったため、魔獣もカイのことは無視できずにいた。
魔獣がカイに翻弄され、隙が生まれた瞬間、死角から巨猿の4本の腕が巨岩のような拳となって叩き込まれる。
カイと巨猿。
二つの影が交互に躍動するたび、確実に魔獣の首が引きちぎられていった。
だが、絶対的な悪の顕現たる魔獣も、ただ屠られるだけではなかった。
数多の頭部を失い、追い詰められた魔獣が、残されたすべての口を天へと向けた。
(大きいのが来る!)
回避に専念しようと魔獣に気を取られた一瞬の隙、戦士ではないカイの経験の不足から、魔獣の隠された尾が地中から這い出て、カイの唯一の退路を完全に塞いだ。
(避けられない!)
カイは死を覚悟し、死の閃光が放たれようとした、その刹那。
「――ガ、オォォッ!!」
視界が白銀の毛並みで染まった。
巨猿が自らの巨軀を、カイの前へと遮るように投げ出したのだ。
4本の逞しい腕を大きく広げ、カイを包み込むようにして背中で壁を作る巨猿。
直後、ドォォォォンッ!! という凄絶な爆音とともに、魔獣の放った最悪の毒霧が巨猿の背中を直撃した。
「が、はっ……!」
肉の焦げるおぞましい匂いが漂い、白銀の毛並みが漆黒に染まっていく。
自分を護る盾となった巨猿が、激しい苦悶の声を漏らしながら、どさりとその場に膝をついた。
「――っ、おい!!」
カイの胸の奥で、経験したことのないほど激しい感情の炎が燃え上がった。
自らの命を懸けて自分を護ったこの森の守護獣。
ドクン、ドクン、ドクン。
右膝の奥が、怒りに呼応して見たこともない速度で過回転を始める。
あまりの神力の奔流に、カイの全身の血が沸騰するかのようだった。
「ありがとう。……俺があいつをぶっ潰すッ!!」
ドンッ!!!
大気が爆ぜた。
カイは膝のバネを爆発させ、巨猿の肩を借りるようにして一直線に魔獣へ跳躍した。
一歩 音が消えた
二歩 世界が反転した
三歩 全てを悟った
膝なのだと
――カチリ。
すべての歯車が完全に噛み合った。
迫りくる魔獣の牙を掻い潜り、突き出されたカイの右膝が、まばゆいばかりの『閃光』を放ち始める。
ただ、目の前の悪を、消し飛ばすためだけの純粋な一撃。
「おおおおおおおッッ!!!」
ズドォォォォォォォォンッッッ!!!!
禁忌の森の闇をすべて払うかのような、圧倒的な光の濁流。
閃光を宿したカイの膝蹴りが魔獣の核に炸裂した瞬間、魔獣の肉体は内側から砕け散り、周囲に満ちていた瘴気ごと、嵐のような衝撃波によって消滅していった。
静寂が、森に戻った。
魔獣は完全に消え去り、あとには静かに息を弾ませるカイだけが残されていた。
世界が、音が元に戻る。
「はぁ、はぁ、はぁ……。おい、大丈夫か……?」
カイはすぐに振り返り、倒れている巨猿の元へと駆け寄った。
巨猿の身体は毒に侵され、すでに満身創痍だった。
瞳も、朦朧として焦点が合っていない。
だが、巨猿は震える腕で、未だ瘴気を微かに放つ破壊された祭壇へとよろよろと歩き出した。
まだ、役割が残っている。
こいつは傷つきながらも、守護獣としての使命を果たそうとしているのだ。
その姿にカイは見守ることしかできなかった。
巨猿はカイに小さく喉を鳴らすと、4本の腕を祭壇へと突き出し、残されたすべての力を解き放った。
淡い光が祭壇を包み込み、破壊された岩が魔法のように元の形へと修復されていく。
漏れ出ていた瘴気が完全に遮断され、封印が再構成された。
それと同時に、巨猿の身体から完全に力が抜けた。
「おい、しっかりしろ!」
受け止めようとしたカイの腕の中で、巨猿の巨軀が、まばゆい光の粒子となって縮小していく。
光が収まり、腕の中に残されたのは――。
「……え?」
体長50センチほど。
白銀のふわふわとした毛並みに、小さな4本の腕。
そして、どこか生意気で愛らしい『2つの目』。
本来の力を使い果たし、巨猿は驚くほど小さな「子猿」の姿へと変化してしまっていた。
子猿はすやすやと健やかな寝息を立てている。
呆然とそれを見つめるカイ。
その時、カチリ、と右膝の奥で小さな音が響いた。
それと同時に、温かい脈動とともに、ある『名』が流れ込んできた。
「……ハヌ」
自然と、その名前が口を突いて出ていた。
「お前の名前……ハヌ、っていうのか」
ハヌ、と再び呼ぶと、眠っていた小さな子猿は、うにゃうにゃと小さな4本の腕を動かし、カイの服の裾をぎゅっと掴んだ。
そして、当然のようにカイの背中にある『空っぽのバックパック』の中へと、器用にスッポリと収まってしまった。
バックパックの隙間から、2つの可愛い目を少しだけ覗かせ、満足そうに再び眠りにつく。
「ハハ……一緒に行くのか」
カイは肩をすくめ、不敵に笑った。
背中には、もう大切な『届け物』はない。だが代わりに、これから共に世界を駆ける、最高の相棒がいる。
「よし――行くか、ハヌ」
ベルトをきつく締め直し、鉄脚の運び屋は、相棒と共に新たな一歩を踏み出した。




