第27話 偽りの神威と運び屋の眼(中編)
「死ねッ、鼠がぁ!!」
盗賊団「灰色の飢狼」の首領、バザルの咆哮と共に、巨大な大太刀が振り下ろされた。
シュォォォッ!! という、空気を強引に断ち切る鋭く重い音が、薄暗くなり始めた街道に響き渡る。
それは洗練された剣技というより、巨大な鉄塊をそのまま叩きつけるような質量の暴力そのものだった。
――カチリ。
カイの中の歯車が回転を始める。
その瞬間、カイの視界は一変した。
夕闇に沈む周囲の色彩がセピア色へと退き、焦点の中心――バザルの動きと、大太刀の軌道だけが異様なほどの鮮明に浮かび上がる。
石畳の一枚一枚が放つ微かな光、大太刀が切り裂いた空気の渦、衝撃で跳ね上がる微細な土埃の粒……。
カイの膝を通じて、神「カリウス」の祝福が、全身の血管を熱い奔流となって駆け巡る。
カイは、石畳を力強く踏みつけた。
バキィィィィンッ!!!
凄まじい破裂音が響き、固い石畳がカイの一歩によってクモの巣状に爆ぜる。
木の幹でさえも足場にする神の祝福。
その力を以て固い石畳を、更に強固な足場として捉え、カイの身体は前方へと弾け飛んだ。
バザルが放った一撃は、カイがコンマ数秒前までいた空間を、石畳ごと粉砕した。
砕石が弾丸のように周囲の馬車を叩き、硬質な金属音を響かせる。
「ハァ!」
バザルの視界から、カイは一瞬で消え去り、その懐へと滑り込んでいた。
武器を持たぬカイの攻撃手段は祝福の力を宿した膝蹴り(ニーリフト)。
瞬間的に加速した勢いと体重を乗せた衝突。
カイは膝のバネを爆発させ、弾丸のような膝蹴りをバザルの脇腹へと放とうとする。
しかし、バザルは咄嗟に大太刀の柄を盾にして、その衝撃を防いでいた。
肉体と鉄がぶつかり合う、鈍く重い振動がカイの膝を伝って全身に響く。
「ハッ、面白い……! だが、俺を誰だと思っている!」
バザルは柄にかかった衝撃を強引に跳ね返し、カイを突き放した。
石畳を蹴って後方へと跳躍し、着地したカイを、バザルは狂気的な笑みを浮かべて見据える。
「やはり速いだけだな。それでは俺には勝てねぇな!!」
カイに大太刀を振り下ろしながら更に下卑た笑みを浮かべていた。
カイはバザルの猛攻を紙一重で回避しながら、バサルが言っていた「神から祝福された」と言う言葉に違和感を感じていた。
(……神から祝福? 確かに強いが……俺やゲイルとは違う。本物なのか?)
カイの中に、殺意に対する嫌悪感とは別に言いようのない不気味な違和感が更に膨らんでいた。
一方、その喧騒から離れた林の中。
黒炎の長剣を振るうゲイルは、バザルの右腕――ゴードンの放つ、理不尽な鉄槌の重みに攻めあぐねていた。
「……貴様、本当に人間か!?痛みは感じないのか!?」
ゲイルは女神イリテスの祝福である「黒炎」を剣から噴き上がらせ、人智を超えた神速の連撃を放っていた。
しかし、ゴードンはそれを鉄槌で受け流すものの全ての攻撃をいなし続けている訳ではなかった。
ズシャァァッ!! と黒炎の刃がゴードンの肩を切り裂き、肉を焼き焦がす。
肉が焼ける嫌な臭いが漂うが、ゴードンは眉一つ動かさず、機械のように巨大な鉄槌を振り回し続ける。
「無駄だ。ボスと俺は神に選ばれた。貴様らなど、俺たちの『神の祝福』の前には無力だ。痛みすら感じん!」
ゴードンが無機質な声で告げる。その言葉には、一切の迷いがない。
その言葉を聞いたゲイルの内に、激しい困惑が渦巻いた。
(……あり得ない。痛みを感じなくなる祝福だと?あの男たちが、私やカイと同じように神の加護を得ているならば、なぜ私は何も感じないのだ!?)
祝福を得てからは神に関する物に向き合えば何かしら感じるものがある。
だが、目の前で鉄槌を振るうゴードンからも、遠くで大太刀を振るうバザルからも神性に関する気配は一切感じられない。
「貴様らの正体は何だ! どこの神から祝福を得た! 答えろ!!」
ゲイルは、黒炎の熱をゴードンに浴びせながら問い詰めるが、ゴードンは再び無言になり、山を砕くような鉄槌を振りかぶる。
「……何ッ!?」
ゲイルは身を翻し鉄槌を避けるとゴードンから距離を取った。
(今のは危なかった。クソっ早くエリーナ様の元に戻らなければ)
焦る気持ちが募りゲイルの攻めは精細を欠き、単調になっていた。
(攻めれば守られ、退けば攻め込まれる。)
2人の剣戟は火花を散らし続け、一進一退の攻防が続いていた。
その時、ゲイルはふと疑問を感じた。
「向こうにいる貴様らのボスは強いのか?貴様より?」
ゴードンの動きが止まり、無表情のまま答えた。
「ボスは強い。だが、本気を出せば俺の方が強い」
無表情なゴードン。
しかし、その内には仲間内でも譲れぬ誇りがあった。
ゲイルはその答えを聞いた瞬間、肩の力が抜け、不敵に微笑んだ。
「それを聞いて安心した。」
ゲイルは自分の中にある『焦り』を絞り出すように深く息を吐いた。
そして、ゲイルは告げた。
「すまなかった。騎士として私は不誠実だった。今は、貴様だけを見よう。」
ゲイルの長剣から揺らめく黒炎が静かに揺れ、ゲイルの瞳にはゴードンのみが写し出された。




