第27話 偽りの神威と運び屋の眼(前編)
学術都市「ヴィルシュタット」へと続く街道は、調査隊の騎士たちが流した汗と、略奪者たちが放つ血生臭い殺気が渦巻いていた。
「……さて。邪魔なやつは、俺の右腕のゴードンが相手をしている。まぁすぐに死ぬだろうがな。残ったのは、有象無象の騎士どもに武器すら持たぬ、ただの薄汚い運び屋一人のようだな」
馬車の前に一人残されたカイの前へ、盗賊団のボスがゆっくりと歩み寄る。
肩に担いだ巨大な大太刀が、沈みゆく夕日の残光を吸い込んで、不気味な赤黒い輝きを放っていた。
盗賊団のボスが踏み出す一歩ごとに、整備された石畳がミシリ、と嫌な音を立てて軋む。
その体躯は屈強で、全身から溢れ出す野卑な威圧感は、周囲の空気を変質させていた。
カイは無言のまま、背負っていた荷物を降ろし、腰を深く落として身構えた。
これまで、常に何かを背負っていたカイの背が自由になり、カリウスの祝福を受けた脚はかつてないほどに高まっている。
だが、カイの表情はこれまでになく険しい。
単独で調査隊を襲ったあの長身の男と対峙した時に感じたあの「嫌なプレッシャー」が、眼前のバザルからも色濃く漂っている。
神捨ての遺構のゴーレム、あるいは大山羊の遺跡の「澱」と対峙した時の「脈動」は一切聞こえてこない。
眼前の男から漂うのは、どこまでも肥大化した人間の欲望と、それに伴う剥き出しの純粋な殺意だけだった。
(……これが殺意なのか?ゴーレムや魔獣の時とは違う。)
カイはこれまで感じていた「嫌なプレッシャー」の正体が明確に向けられた殺意だと知り、不快感を露わにした。
「おい、小僧。名前は何と言う。冥土の土産に俺の名を教えてやろう。俺の名はバザル。灰色の飢狼の首領バザルだ。この街道で俺に出会った不運を呪うがいい」
バザルが下卑た笑みを浮かべ、大太刀をゆっくりと正眼に構え直す。
その刀身は、ただの鉄塊とは思えないほどの質量感を持っており、一振りで馬車すら両断せんとする威圧感を放っていた。
「……カイだ。運び屋のな」
短く答えたカイの視線は、バザルの視線と、彼が握る大太刀の動きを微塵も逃さず捉えていた。
周囲では、ロバート率いる騎士たちが、数の暴力で押し寄せる「灰色の飢狼」の下っ端たちを必死に抑え込んでいる。
剣と剣がぶつかり合う金属音、怒号、そして誰かの悲鳴。
戦場の殺伐とした喧騒が、黄昏時の平原を支配していく。
「運び屋、か。ククッ、武器も持たずにこの俺の前に立つとは、勇気があるのか、それともただの馬鹿なのか。ゴードンの野郎が妙に貴様を警戒していたが……なんてことはないじゃねえか!」
バザルが大きく踏み込んだ。
「死ねッ!!」
咆哮と共に振り下ろされた大太刀が、空気を断ち切る鋭い音を立てる。
カイは膝のバネを瞬時に爆発させ、石畳を滑るように横へと跳躍した。
ドォォォォォンッ!!!
大太刀が石畳を直撃し、凄まじい地響きと共に火花が散った。
強固に舗装されたはずの石畳が粉々に砕け散り、破片が弾丸となって周囲の灌木に突き刺さる。
「ほう……避けるか。だが、次はどうかな!」
バザルは即座に大太刀を横に払い、追撃を繰り出す。
その速度は、その巨躯からは想像もつかないほどに鋭い。
カイは再び石畳を力強く蹴り上げ、空中へと逃れた。
(……こいつは強い!)
カイは空中で身を翻しながら、バザルを推し測っていた。
バザルの動きには、神聖な魔力の残滓も、共鳴する魂の鼓動もない。
そこにあるのは、ただ己の肉体を限界を超えて駆動させる、歪んだ執念だった。
着地したカイを、バザルは狂気的な笑みを浮かべて見据える。
「なかなか速いが、それだけだな! 驚くことはない。俺こそが神から祝福された選ばれし者だ! この俺の剣こそが神の意志なのだよ!!」
その傲慢な宣言は、夕闇の戦場に不気味なほど大きく響き渡った。
カイはその言葉を聞き、冷徹な目でバザルを睨みつけた。
神の力を欲望のままに鉄塊を振るう男。
カイの膝が沈黙を守る中で、その「言葉」の重みだけが、石畳を叩く衝撃と共にカイの全身へと伝わってきた。




