第25話 人の理を超えた鉄槌(後編)
カイと長身の男が、半歩の間合いで睨み合う。
カイは一歩も動けないまでも、腰を深く落として重心を安定させた。
これまで感じたことのない威圧感に押される中、必死に活路を見いだそうと思考を巡らせるが、戦闘経験のなさが如実に表れていた。
その極限の緊張を、一筋の閃光が強引に切り裂いた。
「――そこまでだ!!」
後方の馬車から駆けつけたゲイルが、烈火のごとき咆哮と共に、カイと男の間に割って入り、長剣を一閃させる。
鋭い風切り音を立てたゲイルの剣撃が、男とカイの間にあった張り詰めた「間合い」を物理的にこじ開けた。
ゲイルはカイを背中で庇うように立ちはだかると、長剣を正眼に構え、男を鋭く睨み据える。
「ここは私が相手する!下がっていろ」
「……ああ」
カイはゲイルの言葉に従い、構えを解き数歩後退した。
ゲイルはカイの異変に気づいたが目も向けず、目の前の不気味な男に意識を集中し、斬り込んだ。
「お前は何者だ!噂になっている盗賊の親玉か?」
ゲイルの鋭い一閃と問いかけに対し、長身の男は、身体を僅かに反らせるだけで易々と回避し、ゲイルの問いかけには一切反応を示さなかった。
男の予備動作のない動きは、重厚な肉体からは想像もつかないほどに軽やかだった。
男は後方に跳ね起きると、再び巨大な鉄槌を担ぎ上げ、ゲイル……いや、その背後にいるカイを、じっと見つめた。
感情の読み取れない、深い淵のような瞳。
その視線が、カイに留まった
なしかし、男はそれ以上の追撃は行わなかった。
彼は一言も発さず、驚異的な脚力で後方へと大きく跳躍した。
一跳びで街道を外れ、立ち並ぶ灌木の向こうへと、その巨躯を消していく。
「待てッ!!」
ゲイルが追撃しようとするが、カイがその肩を掴んで制止した。
「追うな、ゲイル!1人になる」
カイの冷静な判断に、ゲイルは悔しげに奥歯を噛み締め、剣を鞘に収めた。
「……逃げたか。あれほどの力を持ちながら、潮時を心得ているというのか」
街道には再び静寂が戻ったが、それは決して安らぎをもたらすものではなかった。
吹き飛ばされた騎士はロバートたちの懸命な処置によって一命を取り留めたが、盾ごと肉体をはじき飛ばす力は、人間の域を逸脱していた。
(あいつは何なんだ)
カイは、男が消えていった林をじっと見つめた。
学術都市「ヴィルシュタット」までは、まだ数週間の距離がある。
正体不明の「暴力の猛威」に直面した調査隊は、これまで以上に重い覚悟を胸に、夕闇の迫る街道を再び歩み始めるのだった。




