第25話 人の理を超えた鉄槌(前編)
学術都市「ヴィルシュタット」へと続く街道に、夕闇が静かに降りはじめていた。
大型馬車三台と中型馬車二台の車列は、規則正しい蹄の音を響かせながら、黄金色に染まる平原を進んでいる。
カイはエリーナが乗る馬車のすぐ横を歩いていた。
今の彼の背中にあるのは、かつて「神捨ての遺構」に向かう道で背負っていた超重量の機材ではなく、自分の着替えや食料を詰めた「普通の荷物」。
それゆえに足取りは軽いはずだったが、その表情には、一歩ごとに深まる険しさが刻まれていた。
(……この感覚、気のせいじゃないな)
背後の森の境界線から、じりじりと肌を焼くような、それでいて冷徹な殺気が強まっている。
かつて「禁忌の森」で巨大な大猿だった頃のハヌに追い回された時に感じたものよりも、より本能を逆なでするような不気味なプレッシャーを感じていた。
「カイ、どうかしたの?」
馬車の窓からエリーナが声をかけてくるが、カイは視線を前方から外さず、短く応じた。
「少し後ろの様子を見てくる」
カイはそれだけ告げると、車列の横をすり抜け、後方へと下がった。
これまで、カイの膝に宿るカリウスの祝福はハヌやパン、神捨ての遺跡等、神に関する物に脈動を刻むことがあったが、今は何の反応もない。
だが、運び屋をしていて、これまで幾度となく盗賊や魔物に襲われた経験が、背後の街道に潜む「何か」を捉えていた。
カイがその何かに危険を感じ、最後尾を守る騎士と合流した、その瞬間だった。
夕闇を切り裂き、街道脇の灌木を爆発させるようにして、一筋の巨大な「影」が躍り出てきた。
「な、何だ……!?」
騎士の一人が叫ぶ間もなく、影は凄まじい速度で迫り、人の身の丈ほどもある巨大な鉄槌を頭上高くに振りかぶった。
(間に合え!)
カイは、その瞬間に膝のバネを爆発させた。
ドンッ! という砂塵を巻き上げる音と共に、一陣の風となって騎士の元へ駆け寄る。
鉄槌が振り下ろされる刹那、カイは硬直した騎士の胴体を力任せに抱きかかえ、そのまま真横へと大きく跳躍した。
ズドォォォォォンッ!!!
二人が一瞬前までいた地面が、地鳴りのような轟音と共に爆砕された。
厚い石畳は粉々に砕け散り、巻き上がった土煙が視界を白く染める。
カイは着地と同時に騎士を突き放し、土煙の中から悠然と現れた「怪物」を見つめた。
そこには、長い手足と、岩を削り出したかのような筋肉を持つ、黒いボロ布のマントを纏った長身の男が立っていた。
男の瞳には一切の感情が欠落しており、ただ無機質な暴力の気配だけが、重厚な鉄槌と共にそこに鎮座していた。




