第23話 決意の帰路と聖典の矛盾(後編)
旧街道の崩落地点に戻ってきた馬車に乗り込んだ調査隊は、数日後「交易都市ゼファム」の巨大な城門をくぐった。
活気ある街の門をくぐり、賑やかな雑踏の匂い、焼き立てのパンの香り、行き交う人々の笑い声を感じると、先日まで神話の深淵で「澱」と対峙し、世界の危機を知った旅が遠い夢のようにさえ感じられた。
ゼファムは、あの日出発した時と変わらず、平和そのものだった。
エリーナは隊員たちに
「今日はゆっくり休み、身体の疲れを取りなさい」と告げ、各自を宿へと向かわせた。
彼女自身も、これからの戦いに備え、父ヴァルハイト閣下との向き合い方を含めた、重い思考を整理する必要があった。
カイは宿の部屋に入ると、重いバックパックをようやく下ろした。
「……やっと、まともなベッドだな」
ハヌもバックパックから飛び出し、柔らかい布団の上で満足そうに跳ね回っている。
カイは久しぶりの清潔なシーツに身を沈めると、右膝の奥に残る微かな脈動を感じながら、深い眠りへと落ちていった。
数週間にわたる超重量の運搬と、神速の激走で酷使された肉体が、急速に回復していくのを心地よく感じていた。
翌朝。ゼファムの宿の大部屋に、調査隊全員が揃った。
そこには、昨夜の迷いを振り切ったような、晴れやかな、しかし鋭い決意を秘めた表情の学者と騎士たちが並んでいた。
エリーナが部屋に入ると、副隊長のロバートが代表して一歩前に出た。
「エリーナ様。昨夜、我々全員で話し合いました。答えは一つです。我々は学問を志す者として、そして真実を知る者として、目の前にある危機を無視することなどできません。聖典がどうであろうと、教会の面目がどうなろうと、我々は真実と共に歩み、世界の崩壊を食い止める道を選びます」
ロバートの言葉に、学者たちが力強く頷き、騎士たちが拳を胸に当てて応えた。
ゲイルもまた、エリーナの前に膝を突き、その瞳に揺るぎない忠誠を宿した。
「私も同じです、エリーナ様。女神イリテスに選ばれた者として、あなたの騎士として、澱を払う剣となります。たとえ、それが国を敵に回すことになろうとも」
「皆ありがとう。そう言ってくれると思っていたわ。じゃあ今後の方針についてだけど、3日後の朝にこの街を出て、学術都市に向かいます。そこで旅の成果をまとめて封印の遺跡に関する情報を精査します。出発するまでの間は自由に行動して構わないけど遺跡に関する情報は外部に漏れない様にしてね。じゃあ解散。」
エリーナの合図で調査隊の面々は大部屋を出て行った。
ハヌを肩に乗せたカイとロバート、ゲイルを除いて。
「カイ、あなたとは今を持って契約終了よ。長旅ありがとう。報酬はギルドを通して支払うわ。」
エリーナは部屋の隅で立っているカイに近づき、握手を求めた。
「あぁ。ポーターとしての契約は遺跡調査の間だけだったな。いい経験ができた。こちらこそありがとう。」
カイも笑顔でそれに応じ、2人は固い握手を交わした。
そして手を握ったまま無言で時が過ぎた。
「……エリーナ?」
手を握ったままのエリーナにカイが声をかける。
「分かっているわ。カイは運び屋で、私たちの調査の旅には関係ないのは知ってる。……ただ…」
「……次は北方の山奥に行くんだろ? 腕のいいポーターは必要じゃないか?」
カイのその言葉に、エリーナは目を見開いたまま凍りついた。
握りしめられた彼女の手が、微かに震える。
カイの肩から移動したハヌが、エリーナの頬に柔らかい毛並みを押し付け、彼女を促すように「キュイ」と短く鳴いた。
エリーナは一度だけ強く瞬きをし、込み上げてくる熱いものを飲み込むようにして、満面の笑みを浮かべた。
「……ふふ、そうね。これから向かう北方の山岳地帯は、険しい山道を進むことになると思うの。あなたが来てくれると嬉しいわ」
エリーナはカイの手を、今度は「依頼主」としてではなく、共に運命を切り拓く「仲間」として強く握り直した。




