第23話 決意の帰路と聖典の矛盾(中編)
「大山羊の遺跡」から、馬車を返した「旧街道の崩落地点」を目指す帰路は、行きとは異なり、驚くほど穏やかな風景が続いていた。
かつて遺跡の守護獣としてパンが襲いかかってきた時のような不穏な気配はなく、不気味な魔獣の唸り声も聞こえない。
新しく仲間になったパンの背中にハヌが乗り、時折じゃれ合うように声を上げながら、木漏れ日の中をトコトコと歩く姿も調査隊の安らぎとなっていた。
だが、調査隊は静かだった。
かつて「神捨ての遺構」での発見に無邪気に歓喜していた学者たちも、今は知り得た災厄の大きさを考え、沈黙を守っている。
彼らの視線の先には、相変わらず隊の中で最も巨大な機材を背負い、悪路を苦もなくスタスタと歩き続けるカイの背中があった。
カイは、歩みを止めずに周囲の木々に視線を走らせた。
(封印の遺跡では魔獣は現れ、ハヌやパンは命を懸けて戦っていた。澱とやらを放っておけば、故郷のハルカ村にいるニナだって危なくなるだろう。……ただ、俺は運び屋だったんだけどな)
依頼があれば荷物を無事に届けること。
それを信条にしてきた彼の心は揺らいでいた。
ゴーレムや魔獣との戦いで、戦うことへの恐怖より楽しさを強く感じたのは事実であった。
また、ゲイルと肩を並べて戦った時、誰かと共に戦う頼もしさも知った。
しかし、自分は運び屋で調査隊に参加したのもハヌの食い扶持を含めた路銀稼ぎのため。
エリーナ達に同行するのは街に戻るまでの契約となっている。
カイは祝福を受けた運命と運び屋としての矜持との間で未だ揺れ動いていた。
一方、ゲイルは女神イリテスから授かった「黒炎」の力を宿す長剣に触れ、己の決意を新たにした。
(祝福を受けた私の運命は世界を守ることに繋がっている。エリーナ様は封印の遺跡を巡る旅を続けるだろう。だが、私の使命はエリーナ様をお守りすることに変わらぬ。)
数日間の行軍を経て、一行はついに森を抜け、平野の先にそびえる旧街道の崩落地点へと到達した。
そこは、ちょうど遠征の5日目に馬車を返した、あの場所だ。
そこで行われた最後の野営。
焚き火の炎が爆ぜる音だけが響く中、エリーナが静かに立ち上がった。
「皆、私たちは数日後には『交易都市ゼファム』へ戻るわ。そこで最後にもう一度、皆に問いたい」
エリーナの瞳には、かつてないほど強い覚悟が宿っていた。
「私たちがこれから進もうとしている道は、教会の教えを否定し、異端の汚名を着せられる可能性が高いわ。これまでの平穏を捨て、世界の危機――澱の浄化に身を投じるか。それとも、すべてを忘れ、教会の庇護の下で平穏な学者の生活に戻るか……」
エリーナは一人一人の顔を丁寧に見渡した。
「答えは、街に着いてから聞かせて。……今はゆっくり考えてちょうだい」
その夜、野営地を支配したのは、決断を迫られた者たちの長い沈黙だった。
カイは焚き火のそばで、ハヌの首元の赤いストールを整えてやった。
ゲイルは女神イリテスから授かった長剣の柄を握りしめ、自分が護るべき「騎士の誇り」を自問自答していた。
夜空に浮かぶ月は、あの日湖畔で見たものと同じように美しく、しかしどこか冷たく彼らを見守っていた。




